婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
橋川さんが会社を辞めた後、零士さんはスタッフ全員の前で私達が結婚していることを報告した。
皆な温かく祝福してくれて、これでようやく平穏な日々を送れると思っていた。
それなのに…。
またしても、私の心をざわつかせる出来事が起きてしまったのだった。
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ーー
それは、今日のお昼休みのこと。
「私、桜生命の望月と申します。このエリアを回っておりまして、今日はご挨拶に伺ったのですが」
会社に保険の外交の女性が訪ねてきた。
目のクリクリしたとても可愛らしい人だった。
「こちらで少しお待ち下さい」
私は彼女を応接室へと通し、ちょうど面談室から出てきた零士さんに声をかけた。
すぐに冷たいお茶を用意して、応接室へと向かったのだけど、中から聞こえてきた会話に私は思わず足を止めた。
『まさか、彩菜とこんな形で再会するとはな』
『うん……私もちょっとビックリしてる』
明らかに過去に何かあったであろう二人。
私はドキドキしながらドア越しに耳を澄ました。
『まあ、元気そうで安心したけどさ、どうしていきなり音信不通になったの? 俺、なんかしたかな』
『それはだって……零士が二股してたからでしょ。しかも、私は遊びで向こうが本命だって聞かされて』
『そんなこと誰が言ったの? 葵?』
『そうだけど……でも、私だってこの目で見たんだから。零士のマンションから彼女が出てくるところ。麻里奈さんって言ったっけ? おかげで暫く男性不信になったんだからね』
『そっか……でも、それ誤解だから。麻里奈は兄貴の彼女だし、俺は二股なんてしてないよ』
『えっ……そうなの!?』
『うん』
『そっか……なんだ』
『まあ、今更だけどな』
『そうね…ホント今更』
二人はフッと笑い合った後、そのまま保険の話を始めた。
込み上げてくる嫉妬心。
胸がキュッと苦しくなって、私はお茶も出さずに戻ってきてしまった。
それから30分ほどして、二人が応接室から出てきた。
「ご契約ありがとうございました。次回証書をお持ちしますね」
「ああ、よろしく」
「では失礼します」
彩菜さんは零士さんにお辞儀をして、にこにこしながら帰って行った。
「契約しちゃったの?」
振り向いた零士さんの手には、保険商品のパンフレットが握られていた。
「まあね……俺には大事な奥さんがいるからね」
なんて耳もとで甘く言われても全然嬉しくなかった。
本当は彩菜さんの為に契約してあげたんじゃないかとか。
彼女にまだ未練があるんじゃないかとか。
そんなモヤモヤした気持を抱えたまま午後の仕事に戻った私。夜になるとそのモヤモヤはいいようのない不安へと変わっていた。
「鈴乃……そろそろ終わりにしよっか」
零士さんの言葉にビクッと振り返る。
「えっ……終わり」
やっぱり私が捨てられるのだろうか?
言葉を失う私に零士さんがこう続けた。
「もう皆な帰ったし、鈴乃も疲れた顔してるから、その仕事は明日にしよう」
「ああ……そういうことか」
「えっ?」
「ううん……何でもない」
私はため息交じりに呟いてパソコンの電源を落とした。
…………
マンションに帰って来ても、零士さんは元カノに再会したことを話してはくれなかった。
そんな零士さんの態度に不満と不安でいっぱいになる。
もう私から言ってしまおうか。
夕食の後、ひとり悩んでいると、インターホンが鳴った。
「えっ……麻里奈?」
カメラを確認した零士さんが声を上げる。
「お久しぶり~。よかったら一緒に飲まな~い?」
そこにはワインを持って、にっこりと笑う麻里奈さんが映っていた。
…………
「兄貴は一緒じゃないの?」
零士さんは、麻里奈さんのグラスにワインを継ぎながら尋ねた。
「……一緒に帰ってきたけど、英士はロースクール時代の同窓会に行ったわ」
麻里奈さんは浮かない返事を返す。
「なるほどな……元カノと会うから心配でついてきたけど落ち着かなくて飲んでるって訳か」
クスッと笑う零士さんを麻里奈さんが睨む。
「悪い?」
「いや、悪くないけど……そんなに気にすることもないんじゃないの」
「でも、会われる方はやっぱり嫌ですよね。分かります」
私が力を込めてそう言うと、麻里奈さんは私に大きく頷いた。
「だよね~鈴乃さん! やっぱり話が分かるわ! さっ、今日は鈴乃さんもたくさん飲んで」
私のグラスにワインを継ぎ足す麻里奈さん。
「悪いけど、鈴乃はあんまり飲めないから。ほら、鈴乃はこっちにしときな」
零士さんはワイングラスを引っ込めて、ウーロン茶の入ったグラスを私の前に置いた。
「何で勝手にそういうこと言うの? 私は零士さんに遠慮して飲まないだけでホントは飲めるんだから!」
私はワインの継がれたグラスを一気に飲み干した。
「ほらね」
唖然とする零士さん。
「鈴乃…」
何だか無償に零士さんにイラついてプイッと顔を背けた。
「零士、なんかしたんでしょ?」
「えっ……いや」
考えこむ零士さんを横目で見ながら、私は零士さんのワインに手を伸ばし、二杯目を流し込んだのだった。
………
ふと目を覚ますと、私はベッドで寝かされていた。
時刻は夜の10時。
リビングからは英士さんの声が聞こえた。
「悪かったな。麻里奈が世話かけて。ほら麻里奈、もう帰るぞ」
「ねえ、英士。麗華先輩……綺麗になってた? なにか話したの?」
麻里奈さんは涙声だった。
「麻里奈……」
「ごめんね、英士……英士の愛情はちゃんと感じてるけど、どうしも嫉妬しちゃうの。昔、二人を無理やり別れさせちゃったから」
「あのな、麻里奈……俺が麗華と別れたのは、麻里奈が何より大事だって気づいたからなんだよ。そばにいたいと思ったから麻里奈と付き合った……って、何百回も言ってるだろ? まだ信じられない?」
「それって……ホントに信じていいの?」
「あたりまえだろ。俺が大事に想ってるのは麻里奈だし、愛してるのも幸せにしたいのも麻里奈だけだよ」
「そっか…………うん、分かった。信じる」
「じゃあ、そろそろ行くぞ。今日は麻里奈が泊まりたがってたホテルを予約してあるから」
「ホント!?」
「機嫌治ったか?」
「うん、治った」
「よし。じゃあ、零士も鈴乃さんによろしくな」
「ああ」
その後、ガチャンと玄関の閉まる音がして、リビングが静かになった。
「零士さん……」
私は寝室を飛び出して零士さんの胸にしがみついた。
「起きたんだ、鈴乃。大丈夫? 頭痛くない?」
心配そうに見つめる零士さんにコクリと頷く。
「私も……すごく嫉妬してるの。零士さんの元カノに」
「そっか……やっぱり気づいてたか」
零士さんは呟くようにそう言うと、私を抱え上げてベッドへと向かった。