婚活女子とイケメン男子の化学反応

~零士side~

「私も………すごく嫉妬してるの。零士さんの元カノに」

俺の服をギュッと握りながら声を震わせた鈴乃。

「そっか……やっぱり気づいてたか」

恐らくは応接室での会話を聞かれていたのだろうけれど、様子がおかしかったのも、無茶な飲み方をしたのも全て元カノのことが原因だったようだ。

参ったな。

とりあえず、鈴乃を抱き上げベッドへと運ぶ。
まだアルコールが残っているせいか鈴乃の体は少し体温が高い気がした。

「ごめん。嫌な思いさせて悪かった。でも、向こうも結婚してるし、お互いとっくに過去のことだから、鈴乃が心配するようなことは何もないよ」

そんな俺の言葉に鈴乃は不満げな表情を見せた。

「お互い過去になってるなら、どうして黙ってたの? 私はちゃんと言って欲しかったよ」

「……そうだよな。鈴乃に余計な心配させたくなくて黙ってたけど、ちゃんと話すべきだったって思う。ごめんな」

「……………」

鈴乃はため息をつき、そのまま背中を向けた。

「鈴乃?」

「零士さんって、けっこう無神経だよね」

「無神経?」

「保険まで入っちゃうし」

「いや、保険は……ちょうど考えてたところだったから。でも担当者はちゃんと」

「それに、あんなに掛け金の高い保険にする必要なんてあったのかな」

「それは、鈴乃の為に」

「ほんとに私の為かな……」

「あたりまえだろ? 俺は鈴乃のことをちゃんと考えて」

「ううん……全然考えてない」

「えっ…」

「もういい。結局零士さんは元カノに未練があるんだよ」

鈴乃は背中を向けたまま声を荒げた。

「は? 何でそうなるの?」

「……」

「鈴乃?」

「……」

今度は無視を決めこむ鈴乃。

「なあ、鈴乃。こっち向いて?」

「触らないで」

鈴乃の肩に触れた手は思いきり振り払われた。

結局、鈴乃は眠りにつくまで一言も口をきいてくれなかった。


…………



翌朝、鈴乃はキッチンで二日酔いの薬を飲みながら、深いため息をついていた。

「どうした? 大丈夫か」

鈴乃の体に手を伸ばした瞬間、スッとよけられてしまった。

「鈴乃」

思っていたよりも事態は深刻だったようだ。


……


そして、その日の昼休み。
彩菜が保険証書を持って会社にやって来た。

事情を知らない彩菜が、お茶を運んできた鈴乃ににこにこしながら話しかける。

「あの…奥様。もしよろしければ、奥様にも保険の契約内容をご確認して頂ければと思うのですが、ご一緒にいかがですか?」

すると、鈴乃はにっこりと笑ってこう答えた。

「いいえ……けっこうです。私がいたらお邪魔でしょうから」

「え?」

「では、ごゆっくり」

鈴乃は丁寧にお辞儀をして応接室から出て行った。

「ねえ……もしかして、私が元カノだってバレちゃってるの?」

彩菜がコソッと訊いてきた。

「ああ。昨日の彩菜との会話を聞かれててさ。何で黙ってたんだって怒っちって、昨日から口もきいてくれないんだよ。俺が彩菜に未練があるんじゃないかって疑ってるみたいだし……だから、悪いんだけど証書置いたらすぐに帰ってもらえないかな」

「う、うん。分かったけど。なんか大変そうね」

「そうなんだよ……俺はこんなに鈴乃を溺愛してるのにさ、どこをどう見たら元カノに未練があるように思えるんだろうな。鈴乃以外は全くどうでもいいと思ってるのにさ、一体何がいけなかったんだろう……やっぱり黙ってたことがマズかったかな」

頭を抱えながら盛大にため息をつくと、彩菜が呆れた顔で俺を見た。

「そうね。そうやって元カノに対して無神経な発言をするデリカシーのなさとかなんじゃない? きっと無自覚に逆もやってると思うよ」

「無神経? あ~それ鈴乃にも言われたな。なあ、彩菜。鈴乃は俺の何が無神経だと思ったのかな」

「知らないわよ。そんなの自分で考えてよ」

「まあ、それもそうか」

「それじゃ、これ」

「そうそう。これな」

彩菜から受け取ったのは死亡補償額1億円の保険証書だ。

家もあるし多少の蓄えもあるし、会社に負債がある訳じゃないから、ここまで高額にする必要はないのだろうけれど、鈴乃には絶対に苦労させたくなかったから。

俺が万が一の時、鈴乃が仕事をしなくてもいいように、そして再婚しなくてもいいように、なんていう身勝手な願望を元に計算してある。

「色々ありがとな。じゃあ、彩菜とはこれで最後になるけど仕事頑張れよ」

「へ? 最後?」

「ああ。彩菜には申し訳ないんだけど、今後は男性の担当者に変えて貰うつもりだからさ。もちろん、彩菜の立場が悪くならないように、上手く理由つけるよ。美人に来られるとうちの奥さんがヤキモチやくから…とか」

「なんで? 奥さんにバレちゃったから?」

「いや…初めからそのつもりだったよ。契約だけは仕方ないと思ったけど、今後の担当は変えてもらうつもりだった。だって、更新か何かの度に元カノに来られてたら鈴乃が可哀想だろ? 悪いけど今後一切彩菜とは会わないつもりだから」

「それってさ、ちゃんと奥さんに伝えた?」

「いや……そんな話になる前に怒って口きいてくれなくなったから」

「ふーん。なんだ、奥さんには全然『無神経』なんかじゃないんじゃない。私にはあり得ないくらい無神経だけど」

「そうか? まあ、彩菜に無神経なのは認めるよ。基本鈴乃以外にはどう思われてもいいと思ってるからさ」

「はいはい、そうでしたね」

彩菜が苦笑いを浮かべる。

「ごめんな。こんな冷たい元カレで」

「い~え。まあ、私が幸せじゃなかったら殺意が湧いてるところだけどね、ちゃ~んと私も旦那様に愛されてますからご心配なく~」

彩菜は笑いながらそう言うと、チラリと腕時計を見た。

「あっ、私そろそろ行かなくちゃ。じゃあね、零士」

「ああ、元気でな」

こうして、6年振りに再会した元カノに俺は笑顔で別れを告げた。






< 94 / 105 >

この作品をシェア

pagetop