俺様社長に甘く奪われました

「あっ、ちょっと失礼します」


 そう言って松永が莉々子たちに背を向けてスマホで通話し始める。なんだか嫌な予感に包まれたそのとき、彼がくるっと振り返り、いきなり「ごめんなさい、莉々子さん」と椅子から降り立った。


「え? なに、どうしたの?」


 松永がコソコソと莉々子に耳打ちをする。
 なんと、彼女の里穂が風邪をひいてしまい、彼に今すぐきてほしいということだった。


「そんな……もうちょっとで済むから付き合ってよ」


 小声でお願いしたところで、首を縦に振る松永でないことはわかっている。なにしろ付き合い始めて今一番ふたりが盛り上がっている時期。彼女と莉々子のどちらをとるのかは一目瞭然だ。


「本当にすみません、莉々子さん」


 顔の前で手を合わせるという、莉々子が何度となく彼にしてみせた仕草を松永がする。


「社長、すみません。急用ができてしまったのでお先に失礼します」

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