軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
***

ほぼ同時刻の昼下がり。

クーシーと共に日課の果樹園の散歩をしていたシーラは、ふと足を止めた。

「……今、誰か呼んだ?」

名を呼ばれたような気がして、キョロキョロと辺りを見回す。けれど初夏の日射し降り注ぐ果樹園には誰もおらず、グースベリーの実を啄んでいる子鳥のさえずりが聞こえるだけだ。

気のせいかと思い直し、シーラは日傘を傾け直して歩き出そうとする。

ところが、少し先を歩いていたクーシーがピタリと足を止め、ベリーの茂みの奥をジッと見つめていることに気づいた。

やはり誰かいるのだと思い、シーラは警戒しながらも茂みへと近づいていく。

「……誰? 誰かいるの?」

立ち並ぶラズベリーの低木に近づいたときだった。茂みが揺れて音をたてたかと思うと、見知った顔が低木の影から現れた。

「ボドワン……?」

それは、いつもと違い外套を羽織り、真剣な様相のボドワンだった。

今日はポワニャール語の授業のない日なのにいったいどうしたのだろうか。不思議に思いながらシーラは小首を傾げて近づく。

「どうしたの、ボドワン。今日は授業がない日なのに。それともアドルフ様に謁見されにきたの?」

明るい声で尋ねたシーラとは反対に、彼は声を潜め深刻そうな口調で話した。

「シーラ様。あなたに会っていただきたいお方がいます」

「え?」

突拍子もないことを言われキョトンとしていると、ボドワンはシーラの手をとり両手で握り込んで縋るように訴えてくる。

「どうか僕を信じてください。あなたの誠実な友人であるこの僕を」

そんな風に言われてしまうと、シーラは無碍に断れなくなってしまう。誰に会わせたいのか目的が何なのかさっぱり理解できないけれど、彼のことは信じたかった。

「分かったわ。あなたを信じます」

ボドワンはシーラが窮地に立たされたときに勇気を与えてくれた恩人だ。そんな篤実な彼が、何か危害を加えるような真似をするとは思えない。

まっすぐに眼差しを向けシーラが頷いて見せると、ボドワンは安堵したように口もとを綻ばせた。
 
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