軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
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狭い馬車の中でシーラはソワソワと何度も後ろを振り向いた。
しかし車内の窓はすべてカーテンで覆われ開いてはいけないと言われているので、振り返ったところで何も見えない。
それでもシーラは気が気ではなく、きっと遠ざかっていっているであろうメア宮殿を何度も振り返った。
「大丈夫ですよ、シーラ様。そんなにご心配されなくても」
「そうですとも。今頃は伝令が陛下にお伝えにあがっているはずです。何も問題はありません」
向かいの席に座ったボドワンとマシューズが、不安を和らげるように微笑んでくれる。
「でも……」
けれどシーラは、本当にこれで良かったのか、いつまでもためらいが胸から消えなかった。
狩猟公園に馬車を用意して待っていたマシューズは、恭しい挨拶をした後シーラにすぐにフェイリン王国へ来て欲しいと歎願してきた。
当然シーラは首を横に振る。アドルフの許可もなしにそんなことを出来る訳がないし、自分だって彼やクーシーと離れて遠くへ行くことは嫌だった。
しかしマシューズのある一言が、シーラの心を揺らした。
『クラーラ殿下が、シーラ陛下にお会いしたいと申しております』
床に臥せっている母に乞われていると聞いて、フェイリン王国へ行きたいという気持ちが芽生える。
ボドワンに母の話を聞いてから、シーラはクラーラに会いたいとずっと思っていたのだ。
生まれてすぐに離れ離れになってしまったけれど、母は今でも自分を娘として愛してくれているのだろうか。もし成長した今の姿を見たのなら、喜んで抱きしめてくれるだろうか。そんな切ない願いを夢見たこともある。
そんなシーラにとって、母に会いたいと乞われることは大きな感動だった。
一刻も早く母のもとに駆けつけ、再会を喜び抱き合いたいという衝動が湧いてくる。
しかしそれでも、容易く頷く訳にはいかないことをシーラはもう理解していた。
以前狩猟公園で迷子になりアドルフに助けてもらったとき、もう二度と彼に心配をかけるような真似はしないと決心したのだ。アドルフの妻でこの国の皇妃という立場を、忘れてはいけない。