軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
***

アドルフとの接見のために用意されたのは、宮殿の謁見室だ。しかしシーラは頑なに玉座に座ることを拒んだ。

玉座に座ってアドルフを迎えるなど、とんだ裏切りだ。そんな非道なことができるはずがない。

玉座に座らないシーラを、ノーランドは「もちろん、無理強いは致しません。シーラ様のお心のままに」とあっさり許してくれたが、同席したマシューズは不満そうだ。きっと、アドルフの悔しがる顔でも見られると思っていたのだろう。

ボドワンも同席したいと願い出たが、シーラは断った。彼が側にいてくれれば心強いが、今は話し合いがどういう展開を見せるか分からない。下手をしてポワニャール国まで巻き込んでしまう事態は避けたかった。

そうして謁見室で待つこと数分。衛兵のひとりが、アドルフがシーラとマシューズに接見を求めているとの報告にやってきた。

「お通ししろ」

そう衛兵に伝えて、ノーランドはシーラの方を振り向くと髭に埋まった口もとをニコリと微笑ませて見せる。

「さあ、お越しになりましたよ。存分にお話し合いください」

彼の企みが読めているシーラは、口をキュッと引き結び強い視線で見つめ返す。

迂闊な発言をしてアドルフを怒らせることも、フェイリン王国の王座につかされることも、避けなくてはいけない。

まるで戦いに赴くような気持で固くこぶしを握り込んだとき。

「ワールベーク帝国アドルフ・フランク・フォン・ヴァイラント=インゼルーナ皇帝陛下、ご尊来」

衛兵の高らかな声と共に、謁見室の扉が開いた。

(……アドルフ様……!)

マホガニー製の巨大な両開きの扉から入ってきたアドルフは、身ごろに豪奢な金刺繍が施された青地の軍服と揃いのマントをつけており、襟元にはクラヴァットをしめ腰にも白地に金のサッシュベルトを巻いている。

これは戦場に出る軍服ではなく、公の場で装う大礼装だ。つまり帝国皇帝は戦いを挑みにきたのではなく、あくまで国家元首として儀礼に則り話をしにきたのだと主張している。例え、大仰な軍隊を引き連れてきたのだとしても。

わずか十日ぶりの再会だというのに、シーラは彼の姿を見てカァッと胸が熱くなった。

不安や心配ばかりが大き過ぎて麻痺していたが、自分は彼がいないこの数日をとても寂しく感じていたのだと思い知らされる。

その逞しい腕の中に飛び込んでいきたい衝動に駆られるが、今は迂闊なことはできない。

シーラは涙が浮かびそうになるのを唇を噛みしめてこらえ、背筋を伸ばし姿勢を正し直した。
 
< 129 / 166 >

この作品をシェア

pagetop