軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
「アドルフ陛下は我々がシーラ様をさらったとでもお思いになっているのでしょうが、それはとんだ免罪です。もし誤解されたままアドルフ陛下が軍事的手段をとろうものなら、これは国際的に非難されてしかるべき問題になりますゆえ。シーラ様にはご自分の意思でここにおられることを、とくと説明していただかなくては」

シーラはようやく自分が謀られていたのだと気がついた。

フェイリン王国が政略結婚を無効にするために今欲しいものは、『自分の意思で結婚を否定するシーラ』だ。フェイリンの王位を有する張本人がこの結婚に否を唱えれば、国際裁判の判決がひっくり返る可能性がある。

シーラが自分の意思でワールベーク帝国から逃げ出し、祖国であるフェイリン王国にいることは重大な事態だ。滞在が長引けば長引くほど、シーラは結婚に同意しなかったとみなされてしまう。

しかし、ここに来たことは確かに自分の意思だ。違うなどと言ったら、アドルフはフェイリン王国が誘拐したのだと憤慨しせっかく停戦した戦争が再開してしまうかもしれない。そんなことになったら大変である。

「わ、分かりました。私から説明いたします」

シーラはゴクリと唾を呑み込むと、緊張した面持ちでノーランドの手をとり歩き出した。

とにかく、アドルフにもマシューズにも上手に自分の意思を伝えなくてはならない。

自分は自分の意思でここに来たこと。けれど必ずワールベークのアドルフのもとへ戻るつもりだということ。そして――。

そこまで考えて、シーラは自分の心に迷いがあることに気がつく。

(私はアドルフ様の妻になりたい。でも……祖国のすべてをこのままワールベーク帝国の手に渡すことは、正しいことなの?)

一番肝心な答えをまだ出せていないことに愕然としながら、シーラは張り詰めた表情のまま、謁見室への歩みを進めた。
 
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