軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「それらはこの宮殿にいる者の、さらにはその下で働く者達の仕事だ。中止してしまえば多くの者が仕事を失う」
アドルフの理屈はよく分からない。人の着替えを手伝ったり、ベラベラと挨拶をするくらいなら、パンでも焼いていた方がよっぽど役に立つのではないかと思う。
「……変なの」
唇を尖らせ不満そうに呟けば、アドルフはまた溜息を吐き出しかけて、慌てて止めた。
「別にこの宮殿だけがそうではない。世界中、多少形は変われど、どこも同じだ。お前の祖国だって同じだっただろう。……覚えていないのか?」
シーラはクーシーの背中を撫でながらコクリと頷いた。
物心ついたときにはもう、あの教会にいたのだ。フェイリン王国の王女だという話は聞いていたが、それがあの教会での生活に影響をもたらしたことはない。シーラにとって世界のすべては、あの小さな教会とそれを囲う森だけだったのだから。
アドルフは口を噤んでじっとシーラを見つめてきた。ただそれはいつもの呆れたような眼差しではなく、憐れみを浮かべているように感じた。
「それでは、母の顔も分からないのか」
その質問にも、シーラはコクリと頷いた。
母には会ってみたいと思う。ずっと大切にしているカメオのネックレスは、シーラが生まれたときに母が贈ってくれたものだと聞いた。母のことは覚えていないが、生まれたばかりの娘にこんな素敵な贈り物をしてくれるなんて、きっと心優しく愛情深い人だったに違いない。
アドルフは小さく「そうか」と零すと、ソファーから立ち上がり、シーラに向かって手を差し伸べてきた。
「お前を教会に帰してやることも、宮廷のしきたりを変えることもできない。けれど、お前がここに馴染む手助けならしてやれる。来い、お前が好きそうな場所へ連れていってやる」