軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
ボドワンは一階の応接間へシーラを連れていくと、手の空いている侍女に頼み薬と包帯を持ってきてくれるよう頼んた。

もはや正体も、ここに潜入したこともばれてしまっている。いずれ本宮殿の廷臣らも駆けつけてくるだろう。

こんな大騒ぎになることは予想外だったが、ボドワンはようやくマシューズらがひた隠しにしていた事実に納得した。

そしてそれは、シーラも同じようであった。

「……嘘だったのね。お母様が私に会いたがっていたなんて……」

スツールに腰掛け項垂れていたシーラがあてどなく呟く。

ボドワンがなんと声をかけていいか迷ったまま口を噤んでいると、薬箱を手にした初老の女性が部屋へと入ってきた。先ほどの侍女とは違い、こんな時間だというのにきっちりと髪を整え襟まで詰まったジャケット付きのドレスを着ている。

そして薬箱をテーブルに置くと恭しく一礼をし、その場に跪いてシーラの手を取り泣きながらキスを落とした。

「お許しください、シーラ様! クラーラ様の凶行を止められなかった私どもを、どうかお許しくださいませ……!」

突然容赦を乞われシーラは困惑する。しかしボドワンは冷静に彼女を見やり、口を開いた。

「あなたはご存じなのですね。十八年前に何があったのか」

初老の女は涙を拭うとコクリと頷き、改めて自分はベティという名で、三十年以上クラーラに仕えている相談役だと話し出した。

「シーラ様がお生まれになったときも、私はクラーラ様のお側におりました。玉のように愛らしいシーラ様を胸に抱き、クラーラ様はそれはそれは幸福そうにされておられたのです……あの日までは」

ベティは語ってくれた。平和だったころのフェイリン王国のことを。

クラーラはポワニャール国の侯爵令嬢だった。フェイリン王国に旅行にきた際たまたま国王の目に留まり恋に落ち合い、身分違いという大きな壁を乗り越えて貴賤結婚をしたのだという。

夫婦はとても愛し合っていた。クラーラは愛する夫のために必死に王妃教育を受け、身分違いだと蔑む人々の中傷にも負けず、立派な王妃になろうと努めていた。

やがて彼女は跡継ぎの男子を生んだことで、段々と王宮にも国民にも認められるようになっていく。

クラーラは幸福だった。愛する夫と息子に囲まれ、王妃として認められて。
 
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