軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
「お母様はこれからもずっと……あのベッドで私を憎み恐れながら生きていくのね……」

ポツリと、悲しみが口から零れた。

首にかけていた薔薇のカメオのネックレスを外し、手の平に乗せる。いっそこの忌まわしい思い出と共に海に投げ捨ててしまおうかと、ふと船室の小さな窓から外を眺めた。

「シーラ」

まるでその心を読んだように、アドルフの手がネックレスを包むシーラの手に重ねられる。

「クラーラ王太妃は傷心のあまり心を惑わせてしまったが、お前が生まれたときには間違いなく咽び喜んで、神に感謝しただろう。でなければ、自分の紋章に娘の名を刻んだ証など贈ったりはしない。王太妃が悲しみという魔物にとりつかれるまで、お前は確かに愛されていた。それを忘れるな」

母のカメオと同じ琥珀色の瞳でまっすぐに見据え、アドルフはそう告げた。

母子の深い断絶も、きっと一生消えない心の傷も、それで癒える訳ではない。けれど、暗闇しかないと思い込んでいた母との思い出に、アドルフの言葉は一縷の光を差し込んだ。

「アドルフ様……」

目頭が熱くなり、ジワリと涙が浮かんでくる。

アドルフはそれを指で優しく拭うと、真摯な眼差しに慈しみを浮かべて言った。

「強く生きろ。俺がずっと隣で支えてやる。だから悲しみに呑み込まれるな。お前が愛に飢えたときは、俺が与える。大丈夫だ」

シーラは零れそうになる涙を、唇を噛んでこらえた。

以前ボドワンにも言われた言葉だ。王家の者は悲しいときこそ誇り高く前を向かなくてはいけない。

シーラはアドルフに出会ってから強くなった。愛する人のために自分を成長させ、嬉しいことも悲しいこともたくさんのことを学んできた。

そのことを思い出して、シーラは涙が溢れそうな顔に笑みを浮かべて見せる。

(アドルフ様が私を強くしてくださったから、私は大丈夫。これからもずっと、何があったって、悲しみに負けたりしない――)

そう心に誓うことは、母の呪縛を解くことでもあった。もし自分も愛するアドルフを失うようなことがあったら、母のように心が壊れてしまうのではないかと恐れる呪縛を。
 
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