軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「――Pater noster, qui es in caelis」
いにしえの言葉で紡がれた音が、シーラの穢れのない唇から流れ出す。
それは古い異国の聖歌。神に救いを求める祈りの歌を、シーラは透き通るような声で謁見の間に響かせた。
初めて歌を教わった翌日、音楽の講師は楽器だけでなく歌も定期的に教えるようになったことをシーラに告げた。なんでも、アドルフがそれを許可してくれたのだという。
とても嬉しかったと同時に、シーラは思った。もしかしたらアドルフは、歌を聴くのが好きなのではないだろうか。だから特別に歌の授業の時間を設けてくれたのではないか、と。
シーラは様々な歌を講師に教わった。子供向けの童謡、伝統的な民謡、そしていにしえの言葉の聖歌まで。
たくさんの歌を覚えながら、シーラはずっと思っていた。いつかまた、アドルフに歌を聴かせてあげようと。歌の授業を許可してくれたお礼に、彼に歌を贈ってあげようと考えていた。
これが彼への慰めになるかは分からない。けれど、清らかで優しいメロディは、きっと言葉よりも心を伝えてくれると思ったのだ。
目の前で歌い出したシーラに、アドルフはしばらく呆然とした後、表情を変えた。目を閉じ、穏やかに歌声に聴き入る。
そして天を仰ぎ歌い続けるシーラの身体を、やがて玉座から腕を伸ばして抱きしめた。
刹那、シトラスの香りが鼻を掠め、硬い腕の感触に包まれた。
「……アドルフ様……?」
もう歌をやめてしまっていいのかと、シーラは抱きしめられたまま目をパチパチと瞬く。