軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
「アドルフ様……!」

濡れた森に血の雨がまばらに降り、シーラは恐怖と緊張で動けなくなる。けれど。

「シーラ! クーシーを押さえておけ! 怪我人にうろつかれたら足手まといだ!」

アドルフにそう命じられ、シーラは竦んでしまった身体に力を入れ必死にクーシーの身体にすがりついた。

その気持ちが通じたのか、はたまたアドルフの迫力に気圧されたのか、クーシーは唸り声をあげながらもジッと動こうとはしない。

続いて飛び掛かってきた野犬もアドルフは斬りつけ、突き刺し、次々と薙ぎ払っていった。

しかしいくらアドルフが強くとも、雨の中、野生の動物を何匹も相手にするのは分が悪すぎる。

正面から突進してきた野犬にサーベルを突き刺そうとしたアドルフは、横から走ってきたもう一匹の野犬がシーラ達の方に向かっているのを見て、咄嗟に身を翻した。

「きゃあっ!」

野犬がシーラに飛び掛かろうとした瞬間、間一髪でサーベルがそれを打ち払う。

しかし正面から向かってきた野犬をよけきれず、アドルフの左腕から鮮血が舞った。

「アドルフ様!!」

刹那、苦痛に顔をゆがめたアドルフを見て、シーラが叫ぶ。紺色の軍服にどんどん赤黒いシミが広がっていくのを見て、シーラは卒倒しそうになった。

(助けて……! 神様、誰か、誰でもいい! アドルフ様を助けて、お願い……!)

恐怖と緊張で震えが止まらず、根の合わない歯をカチカチといわせながらシーラは祈った。祈りを聞き届けてもらえるのなら、この身がどうなってもいいとさえ思いながら。

アドルフの気迫が一瞬ゆるんだ隙を突いて、他の野犬が距離を詰めてくる。けれどアドルフがサーベルを構え直し前を見据えると、野犬達は一瞬ビクリとして足を止めた。

「……舐めるな、犬風情が。俺を誰だと思っている。白兵戦で屍を積み上げ、鬼神と呼ばれた男だ。きさまらなぞ一匹残らず斬り伏せ、地べたに這いつくばらせてやる」

アドルフの放つ殺気に、シーラもゾッと肌を粟立てた。後ろから微かに見える彼の顔は、笑っているように見える。

傷を負って尚、闘志を奮い立たせるその姿は、シーラの知らない軍人としてのアドルフだった。
 
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