軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
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「クーシー。私、どうしたのかしら。すごくすごく悲しくて、何もする気が起きないの。食事もお菓子も喉を通らないし、歌も歌う気になれないわ」
その日の夕刻になっても、シーラは悲しみから立ち直ることができずにいた。
あまりにもシーラが落ち込んでしまったのでこの日の授業はどれも中止になり、昼食もお茶の時間もとらずにずっと自室に引きこもっている有様だ。
泣き疲れたシーラは夕陽の差し込む床の上で、クーシーに寄りかかるようにして座り込んでいた。
せっかく再び共に過ごすことができるようになったのに、すっかり元気を失くしている主が心配でたまらないのだろう。クーシーはシーラから片時も離れず、慰めるように鼻を摺り寄せては弱々しく鳴いている。
クーシーが戻ってきてくれていてよかったとシーラは思う。慰めてくれる相棒がいなかったら、涙が止まらず身体が萎れてしまったかも知れない。
つくづくとクーシーの大切さが胸に沁み、彼の首筋にギュッと縋りついたときだった。部屋にノックの音が響き、「入るぞ、シーラ」と声がした。
彼女を呼び捨てる者は、この宮殿ではひとりしかいない。シーラは泣き腫らした顔を隠そうと焦ったがどうにもならず、抱きしめていたクーシーのフカフカの身体に顔をうずめた。
「……また地べたに座っているのか」
扉を開けて入ってきたアドルフは、床にぺたりと座り込んでいるシーラを見て呟く。
侍女や女官にもソファーに座るように常々言われているのだが、教会にいた頃はいつも暖炉の前の床がクーシーと一緒の定位置だったので、椅子より地べたに座る方が落ち着くのだ。
アドルフはひとりきりで部屋に入ってくるとシーラの前までやって来て、その場にしゃがみ込んで話し出した。
「女官に聞いた。舞踏会のことを聞いてショックを受けたそうだな」
ふれたくなかった話題にふれられて、シーラがビクッと肩を跳ねさせる。
もしかして心配してここまで来てくれたのだろうかと嬉しく思うと同時に、その話はしたくないと激しく拒む気持ちが湧いた。
アドルフの口から他の女とキスをしたことがあるなどと、絶対に聞きたくはない。じゃあどうすればいいのかと問われても困るけれど、とにかく今はその話はしたくないのだ。