ただいま冷徹上司を調・教・中!
ソファーの背もたれに倒れかけると、平嶋課長が繋いでいた手を引っ張って引き戻した。

「なにか言うことは?」

「え?」

平嶋課長を見上げると、耳をほんのり赤く染めた、可愛らしい表情があった。

ちょっと……いちいち可愛いから本当にやめて欲しい。

「返事は?」

「もう一度呼んでください」

ずいっと顔を近づけておねだりしてみる。

「言わされた感満載じゃなくて、ちゃんと優しく呼んでください」

いくら無理やりお願いしたからといって、嫌々呼ばれたんじゃ意味がない。

ちゃんと自然に呼んで欲しい。

そんなことに拘るくらい、名前で呼ぶって特別なことだと思うから。

一瞬戸惑いを見せた平嶋課長だったが、今回は素直に口にしてくれた。

「千尋」

低く優しく響いたその声は、私の胸を締め付ける。

「はい」

ニッコリ笑えば笑い返してくれる。

そんな平嶋課長が大好きで。

やっぱり平嶋課長にはちゃんと私と向き合ってほしいと思った。

「凱莉……さん」

咄嗟に漏れたその名前は、初めて口にした大好きな人の名前。

平嶋課長は驚きと戸惑いで私を凝視した。

「私も……そう呼んでいいですか?」

さっきまでの勢いはどこへやら。

口にしてしまったら恥ずかしくて。

赤くなっているであろう頬を気にしながら、平嶋課長にそう聞いた。

本当なら両手で顔を隠したいけれど、せっかく握られている手を解くのは勿体なさすぎだ。

「なんで自分で言っといて照れるんだよ」

二度も名前で呼んでくれた平嶋課長は、少しだけ余裕の表情を浮かべながら、意地悪く私の手を引く。

「だって……なんだか恥ずかしい」

「千尋。俺の名前も、もう一度読んでみてくれるか?」

この上ないほど早鐘のように打ち付ける心臓を一括し、私は大きく息を吸って平嶋課長を見つめた。

「……凱莉さん……」

「はい」

大切に呼んだ名前に対し、平嶋課長はふわりとした笑みで応えてくれた。

今日、この日から。

私たちの関係は動き出したのかもしれない……。
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