誓約の成約要件は機密事項です
だから、千帆は早く他の人と結婚したかった。それで良かったと、思いたかった。

「だったら、僕と結婚したらいい」

「だから! 私を好きな人と結婚したいんです!」

それなのに、涼磨が結婚しようだなんて言いだすから、分からなくなった。

涼磨とだけは、結婚したくなかった。返してもらえない愛情を持ち続けるのは、辛いから。

「……」

涼磨は、何とも言えない顔で、千帆をまじまじと見ていた。

――なんなんだろう。

涼磨とは、プライベートでは、コミュニケーションがうまく取れた試しがない。仕事では支障がなかったことを考えると、千帆が意地を張って、自分の気持ちをひたかくしにしていただろうか。

けれど今、自分の気持ちを告白した後なのに、また会話がかみ合わない。

頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、涙を堪えていると、ふいに目尻を長い指で攫われた。

「……え?」

その刺激でポタリと落ちた涙を、涼磨の唇が止める。

「え……!?」

正面から抱き締められて、温かなコートに体が押し付けられた。

「君を愛している。こういったら君は逃げるだろうと思って、言えなかった」

「……どうして……逃げるだなんて……」

「想像してみて欲しい。条件を満たす男がいたとして、君は条件上好ましく思っているに過ぎないとする。君はそういう男と結婚しようとしていた。何度か会い、気が合えば十分だと言っていたな」

「……はい」

千帆は、そうやって結婚相手を探そうとしていた。

高林も、以前なら条件を満たしていたはずなのだ。

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