《短編》ガラクタ。
並木通り沿いにある居酒屋ののれんをくぐってみれば、暖房の熱に凍っていた体の芯が溶かされるのを感じてしまう。


平日の夜10時を過ぎた時間帯の今は人の姿もまばらで、一番奥のボックス席に向かい合うように腰を降ろせば、彼、アラタはメニュー表へと視線を落とすのみ。


改めて、あたしは一体何をやっているのだろうかと思うんだけど。



「お前、何飲む?」


「ビール。」


“ん”とだけ短い返事をし、アラタは近くに居た店員にビールふたつを注文した。


頬杖をついてそんな姿をじっくりと伺ってみれば、あたしの視線に気付いたのだろう彼は、“何?”と眉を寄せた。



「アンタ、いっつもこんな手口でナンパしてんの?」


「いや、気が向いたときだけ。」


「じゃあ、何であたし?」


「ギャルでも自殺したいとか思うんだ、って。」


「ギャルじゃないし、自殺なんかしたくないって言ってんじゃん。」


「いや、お前はギャルだ。」


「違うって、聞けよ。」


不貞腐れるように言ったあたしの前にゴトッと置かれた二人分のビールは、この季節に似つかわしないほどに、すでに汗のように水滴を零していた。


袖の長いニットのガウンが辛うじて向かい合う彼の印象を柔らかくしているだけで、コイツもホスト系のギャル男とあまり変わらないような見た目をしているじゃないか。



「アンタこそ、あそこで何やってたの?
もしかして、言ってるアンタが自殺志願者とか?」


「自殺志願者って言ったら、お前はどうしてた?」


「サヨナラだよ、もちろん。
あたしグロいの嫌いだし、関わりたくないもん。」


そう言ってやれば、彼はははっと軽く笑い、グラスの口の部分を掴むようにして、あたしのそれにカツンと当てた。


乾杯のつもりなのだろうが、それにしても居酒屋の隅っこで、あたし達は何て会話をしているんだろう。




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