Perverse
あの時ほんの少しでも勇気を出していたら、私達はいったいどうなっていただろうか。



「あの時の俺に言ってやりてぇ。我慢しねぇでさっさと抱きしめとけって」



そう言って笑う柴垣くんは、全然悔しそうには見えない。



だって今が最高に幸せだから。



そうだ。



この気持ちは遠回りしたからこその気持ち。



我慢した先の幸せなんだ。



たくさん我慢した私に、たくさんご褒美をちょうだい?



そんな思いで私は柴垣くんの耳元に口を寄せて囁いた。



「だから今……抱きしめて?」




「だから……。そんなこと言ったらヤバいんだって言ったろ?」



左の前腕を壁に付いた柴垣くんは、右手で私の左頬をするすると撫でる。



その度に腕にあたるカバンをくいっと引いて預かると、柴垣くんはその行動の意味を悟ってくれたのか。



ふわりと笑って私を右手で抱きしめてくれた。



ラッシュの車内がこれほど有難いと思ったことはない。



たまに感じる視線と咳払いなんて気にもならない。



それくらいすっかり二人の世界で、とっても素敵な朝だった。
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