君の日々に、そっと触れたい。





「……………………李紅」




李紅だった。

間違いなかった。



ただ、ただいつもと違うのは、


ぐったりとた床に倒れ込んだまま、返事をしない。


李紅の友達と思われる四人の男の子が、必死に名を呼びかけるけれど、通りすがりと思われる若い女性が、必死に小さく頬を叩くけれど、なんにも、答えない。


駆け寄って、手を握る。

冷たくて冷たくて、ゾッとした。





「………りっちゃん……!なんや、どうゆう状況なんですか?!」



追いついてきた夕実ちゃんが、私の横に駆け寄ってきて李紅を取り囲む人たちにそう叫んだ。


「わ、わかんないです。俺たち李紅と花火大会行く約束してて……時間になっても全然来ないから心配して見に来たら……こんな状態で………」

「俺たちもさっき来たんです。この女性が最初に気付いたみたいで…」

不安なんだろう。涙目で男の子達は訴えた。

「私がたまたま後を歩いていたら突然倒れたんです。最初は酷い痙攣起こして、目も見開いた感じだったんですけど、ついさっき治まったと思ったら、眠ったまんま動かなくなったんです……!」

「………とりあえず、あんまり揺すったりしたらあかん!吐いてまうかもしれんから、詰まらせんように横向きに寝かせな」

そう言って夕実ちゃんが落ち着いた対応で李紅の口元に手を当て、呼吸を確認する。

私は体が硬直し、握った冷たい手が一向に離せないでいた。


「桜ちゃん、桜ちゃんはシャツのボタン開けて息しやすいようにしたって!……………………桜ちゃん?」


呼ばれてる。

分かってるのに、なんでだろう身体が動かない。


え、だって、分かってたじゃない。


いつか、こんな時が来るって。


ずっとそばに居るって誓ったあの時から、ずっとずっと分かっていたことなのに。

なんで…………。



「桜ちゃん!!」



パシン、と派手な音がして、ピリピリと頬が痛む。

瞬きを二回して、ようやく自分が夕実ちゃんに頬を叩かれたことに気付いた。


「目え覚まし!あんたがしっかりせんでどないすんの?!泣きたいのはりっちゃんの方や!」


そう怒鳴る夕実ちゃんも、目に涙を溜めていた。


「ずっとそばに居るって決めたんやろ!?怖いのはお互い様や…!

──生きるってのは、怖いもんなんや………だから、みんな寄り添っていくんやろ!?桜ちゃんは、りっちゃんにとってそうゆう存在になってくれるんやないの!?」



夕実ちゃんの悲痛な叫びが、ずん、とお腹に響いた。

うっと漏れた嗚咽が、私の記憶の中の、愛しい人を呼び起こす。


『………生きるのが怖いっていうのは、すごくよく分かるよ』


初めて会ったあの日、その言葉の意味がよく分からなかった。


『桜、俺は幸せすぎてちょっと怖いよ』


夏祭りの日。不意に李紅が零した言葉にの意味はすごくよく分かった。だから私もだと同調したら、李紅はもうその先の言葉を続けなかった。

それからもう二度と、怖いと言わなくなった。きっと、言えなくなった。

きっと私が怖いと言ったせいなんだ。


だって李紅はいつもそう。

私が弱くなる度にいつも、強くあろうとしてくれた。



………でも今は

今の李紅には、強がることも出来ない。

得意なあの笑顔も、作れやしない。



…………だったら私が…


今度は私が、強くならなきゃ……!

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