君の日々に、そっと触れたい。
「…………それは、私と過ごす時間を終わらせるのが惜しいって意味に捉えていいの?」
そう告げれば、李紅は予想外の応えに、思わず顔を上げた。
「……は?」
「なら今回は褒め言葉として受け取っとく。だけどもう二度と、言わないで」
淡い青色の瞳は、きょとんと丸くなって私を見つめている。
何を言ってるんだ、とでも言いたげな顔で、怪訝そうに首をかしげた。
「………桜、俺の話 聞いてたか?」
「もちろん。その上で言ってる。それとも何か、間違いがあった?」
──ないはずだ。
私がいることで李紅が死ぬのが怖くなるのは、私が大切だからでしょう?
「いや…………褒め言葉……かどうかは分からないけど…。何も、違ってはいない」
「そうでしょう?」
「でもそれは前提だろ。俺が言いたいのは、このまま共依存みたいな関係を続けていいのか、って話だよ」
「共依存?私と李紅が?」
「他に誰がいるんだ」
……………共依存。そう言われてしまうだろうか。だけど私には、
「これっぽっちも嫌な気がしない」
「え?」
「李紅が私に依存してくれてるなら、そんなに嬉しいことはないもん」
「あのなぁ……!」
「とどのつまり李紅は、李紅が死んだ時、もしくはその過程に傍に居ることで、私が傷つくのが怖いんでしょう?」
「…………そうだよ」
李紅は小さくそう言った。
いつも痛いほど交わっていた瞳は、こっちを向かない。
「………だから、桜のせいじゃないって言ったろ」
「李紅が死ぬのも李紅のせいじゃない」
「だけど、俺が死ぬことで桜が泣くのなら、それは俺のせいだ……!」
再び声を荒らげた李紅は、頼りなく細い腕を伸ばして私の両腕を掴んだ。
その手は、震えていた。
「桜……俺は桜の心を守りたいんだ」
縋るような細い腕は、こんなにも勢いよく掴まれているのに、ほとんど力が入っていなかった。
「笑っていて欲しい。俺との時間が、いつも幸せであってほしい。そうノートにも書いたろ…」
「…………李紅」
───なんで。
なんでそんなに、いつも私ばっかりなの。
出会った頃からずっと。
私は、なんにも返せていないのに。
「私は………李紅と居る時が一番幸せ。李紅が好きなの、どうしても。理屈じゃない」
──だからせめて、せめて李紅の命が終わるときまでは、そばに居させて。
「李紅も、怖い時は泣いたらいいんだよ。私はずっと傍に居るから」
そっと、掴まれたままの力のはいっていない腕を引き寄せて、柔らかく、抱き寄せた。
「…………桜」
戸惑うように名前を呼ぶ声。
抱き寄せた背中の小ささに、私だって堪らなく不安になるけれど。
「私たちなら大丈夫。大丈夫だよ」
栗毛色の柔らかい髪を、包み込むように撫でた。骨ばった指がそれに答えるように、控えめに私の裾を掴んだ。
「……………もう…何が一番いいとか分からないんだ……」
消え入りそうな声で呟いた。
「桜と居ると……あんまり幸せだから。ずっとは一緒にいられないってこと、忘れそうで怖い………」
「…………李紅」
「……幸せすぎて怖い」
「李紅…っ」
壊れそうなほど強く抱き締めた。
だってきっとこうして繋ぎとめておかないと、消えてしまう。
いかないで、なんて言っても絶対、その日が来たら消えてしまうけれど。
そんなことばかり考えていたら、ここにある今日まで見えなくなってしまう。