君の日々に、そっと触れたい。
李紅は顔を覆っていた両手を離して、ゆるゆると顔を上げた。そして私に向き直して、悲しそうに笑う。
「桜。俺は桜の弟だったよ」
──── 一瞬、何を言われてるのか分からなかった。
分からない。分からないはずなのに、なぜだかカタカタと震え始めた唇で、ようやく弾き出したのは 冗談でしょう、なんて卑怯な言葉。
「………冗談なら良かったよ。俺だって信じたくなかった」
空咳混じりに でも、と続ける。
「母さんも認めた。最初に会った時から、桜が自分の子供だって気付いてた」
「……………っ」
『…また、いつでも遊びにおいで、桜ちゃん。私たちを本当のお父さんやお母さんだと思ってくれて構わないさ』
なんで今、あの日のお父さんがくれた言葉を、思い出すの。
────じゃあなに?
あの優しいお母さんは、私を捨てた実の母親で。
李紅は………私が死んで欲しいほど憎んだ弟………?
全身が、ガタガタと震え始めた。
嘘でしょう、と言い放とうとして見た李紅の顔が、あんまり白くて、悲しそうだったから。私はもう現実から逃げられなくなった。
「…………12年前。何があったのかは俺も知らないんだ。おばーちゃんは桜が行方不明になったって言ってたけど、母さんは桜を捨てたのかって問いかけに頷いた。………でも、なんにせよ俺が原因なんだと思った」
「………………だから」
「うん。だからもう母さんの元には居られないと思った。だってあそこは、桜から奪った場所だから」
「じゃあ李紅は……………どこへ行くの?」
「……………身を潜める場所なら、ひとつ知ってる。でも居場所って意味なら、ないよ、そんなところ」
先程までとは打って変わって淡々と話す李紅に、小さな恐怖すら覚えた。
「でも、良かった。桜に会えてちゃんと話せて。何も言えず終いになっちゃう所だった」
「…………李紅?」
「もう俺、行くな、桜。こんなことになっちゃってごめん」
そう言って李紅は立ち上がり、私に踵を返す。
…………行っちゃう!
「ま、待って!!」
咄嗟にその左手を掴んだ。
李紅は振り向いてくれない。振り払うことが出来ないのは、左手に上手く力が入らないせいだ。そうでなければ、きっと、私を置いていってしまった。
だけど、このまま行かせちゃいけない。絶対に。
……………信じられない話を聞いた。
李紅が、弟?私があんなに憎んだ相手?
まだ、信じられない。
でも、嘘か本当かなんてどうでもいい。
事実だとしても、そんなことは………
そんなことは、李紅を軽蔑する理由になんてならない。
「私も連れてって」