冷酷な騎士団長が手放してくれません
ヴァイオリンの調べが、一際大きくなる。ダンスに興じる人々の笑顔が、大広間いっぱいに溢れていた。


ニールと体を合わせながら、ソフィアは絨毯の上を巧みに移動していく。ふいに真横に見えたのは、人込みの中から睨むように自分を見ているリンデル嬢だった。


(あの時と、同じだわ)


ニールと初めて会ったアンザム邸での晩餐会の夜、ダンス中に背後に回り込んだリンデル嬢は、ドレスを踏んでソフィアを転倒させた。


あの時と、立ち位置が同じだった。違う点は、あの時よりもより一層、リンデル嬢の顔に憎しみが漲っているところだろうか。





危険を察知した時には、もう遅かった。以前と同じように、足もとからドレスが強く引っ張られる感触がした。


だが、今宵はソフィアが転ぶことはなかった。その代わり、ビリビリビリッと激しく布の裂ける音が響き渡る。








あっと思った時には、全てが手遅れだった。何がどうなっているのか、ほんの少しの衝撃で四方から一気に引き裂かれたドレスは、ただの布切れと化してペチコートもろとも床に落ちた。


ソフィアは、コルセット一枚の、無残な姿で人々の前にさらけ出されることになる。


一瞬、何が起こったのか分からなかった。


落ち着いて考えれば、リンデル嬢が針師と共謀してドレスが引き裂けるように仕掛けをしたことも、先ほどリボンを直すふりをしてその仕掛けに最終的な手立てを加えたことも、予想がついたことと思う。


おそらく、着付けをした侍女の中にも、リンデル嬢の手先が紛れ込んでいたのだろう。






だが、動転しているソフィアにはそんなことを考える余裕はなかった。


丈の短いペチコートからは白い太ももが露わになっており、背中も丸見えだ。


人々のざわめきに気づいたのか、音楽隊も演奏をストップさせた。


「まあ、なんてはしたない」という貴婦人たちの侮蔑の声に混ざり、「ほう……」という男性貴族の感嘆の声が聴こえた。


恥ずかしさで、ソフィアは消えてしまいたい衝動に駆られた。


おぼつかない両手で露わになった体を抱き、その場にうずくまろうとする。


「ソフィア、大丈夫か?」


心配そうなニールの声が頭上から響き、同時に手が差し伸べられる気配もしたが、ソフィアには冷静に状況を判断する思考能力が残っていない。


すがるようにに思い浮かべたのは、彼女の唯一無二の下僕のことだけだった。









「リアム、助けてっ……!」














< 112 / 191 >

この作品をシェア

pagetop