冷酷な騎士団長が手放してくれません
カダール公国からの招待状


晩餐会の夜、ソフィアは一時退席したのちにホールに戻ったが、ニールがもうソフィアと踊ることはなかった。


リンデル嬢をはじめ、数々の令嬢とひとしきりダンスを楽しんだ後、ソフィアに会釈だけを残して王子は今宵の宿泊所へと帰って行った。


母のマリアは、数日経ってもまだそのことをソフィアにグチグチと言ってくる。


「よりにもよって、殿下とのダンスの最中に転ぶだなんて。殿下はあなたを気に入ったご様子でしたのに、呆れてしまわれたのでしょう。せっかくカダール公国に輿入れできるチャンスでしたのに、あなたのそそうで何もかもが台無しですわ」


社交界の花形であり、昔から体裁に全てを懸けて来たマリアは、娘の嫁ぎ先にも高望みをしていた。あの晩餐会を開いたのも、結婚相手を探しているニール王子にソフィアを見染めてもらいたい、という彼女の密かな狙いがあったからだ。


ニール王子がソフィアの手を取りバルコニーから姿を表した時、マリアは天にも昇る気持ちだった。


理知的な雰囲気を身に纏う黒髪の美男と、母親譲りの輝く蜂蜜色の髪を持つ美女。二人が踊る様子は絵画から抜き出たかのように美しく、お似合いだった。娘がカダール公国の公爵夫人になるのも時間の問題だわ、と心が躍った。


それなのに、ドシン、という哀れな音を響かせ床にすっ転がった我が娘。その瞬間、マリアは天から地に叩きつけられたかのような惨めな気持ちになった。







「お母様、申し訳ございません」


ソフィアは、ひたすらに謝るしかなかった。


こんな時父のアンザム卿なら助けてくれそうなものの、晩餐会の翌日から所用で王都リレーヌに滞在している。


「あなたはダンスが得意なはずなのに、どうして転んだりしたの? 今まで、一度もそんなことはなかったではないですか」


「……」


ソフィアは、何も答えずに黙って耐える。


お母様が去ったらすぐにでもリアムを呼んで、またあの湖の畔に連れて行ってもらおう。


そんなことを、思いながら。



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