冷酷な騎士団長が手放してくれません
初夏のこの日、柔らかな太陽の光を受けて湖は宝石のように輝いていた。


湖畔には、まるで鏡のように、青空を行き交う白い雲が映っている。






「もう、疲れたわ。終わりにする。リアム、汗を拭いてドレスを着せて」


「かしこまりました」


リアムに剣術の稽古をつけてもらい汗を流したソフィアは、息を切らしながらリアムに命令する。体を動かしたおかげで、母からの小言によるストレスも幾分か解消できた。


リアムは、滑らかな手つきでソフィアが着ていたシャツを脱がす。汗で濡れた肌着が、ソフィアの体にしっとりと張り付いていた。


首筋から肩。二の腕から指先。渇いた布を滑らせ、リアムはソフィアの白い肌に浮かんだ汗を丹念に拭っていく。


うなじに布を滑らせていた時、ふとソフィアが後ろを振り返る。至近距離で、リアムと目が合った。


「私はこんなに汗だくなのに、あなたはちっとも汗を掻いていないのね」


「汗は、朝の訓練の時にたくさん流しましたので。もう体に残っていないのでしょう」





リアムの答えに、ソフィアは微かに笑う。


騎士団長であり、毎日過酷な訓練を受けているリアムにとって、ソフィアと剣を交わすことなど遊びと同じことだ。汗を流す、レベルのものではないのだろう。


それでもソフィアに気を遣って、おかしな返答をするリアム。その優しさが、身に染みた。


「あなたは、優しいのね」


ソフィアは体を反転させ、リアムと向き合う。汗で濡れた肌着の襟元から、華奢なわりに豊かな胸の谷間が覗いている。


リアムは、瞳を逸らした。


「ソフィア様。背中を向けてください。まだ終わっていません」


「なのに、あなたはその優しさを人に見せない。冷酷な騎士団長、と言われていることも知っているわ。でも、そのままでいてね。あなたの優しさを知っているのは、私だけでいたい」


温かな光を閉じ込めたソフィアの瞳を、リアムは見返した。


「お優しいのは、あなたの方です」


「私が? まさか。お母様にもアーニャにも迷惑をかけてばかりの、じゃじゃ馬娘よ」
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