冷酷な騎士団長が手放してくれません
「あなたはあの晩餐会の夜、リンデル嬢がわざとドレスを踏んだことに気づいていた。それなのに、ご自分に恥をかかせたリンデル嬢を咎めはしなかった。そのことを、優しさ以外に何と表現すれば良いのでしょうか?」



ソフィアは、目を見開く。



さすがは、リアムだ。彼には、全てがお見通しのようだ。



あの時、誰かの足がドレスの裾を踏む感触がした。ソフィアの背後にいたのは、ニール王子に入れあげているというリンデル嬢だった。


リンデル嬢はニール王子と踊っているソフィアを妬み、人に見つからないよう、わざとソフィアのドレスを踏みつけたのだ。








「あれは、優しさじゃないわ。むしろ、その反対よ。私は、転びたかったの。転んで、殿下の傍から逃げ出したかった」


リアムに気づかれていたのは構わない。だが、それを優しさと勘違いされては罪悪感にいたたまれなくなる。


「どうして?」


「怖かったのよ、あの人の目が」


胸の前でぎゅっと拳を握り、ソフィアはあの夜のことを思い出す。


「あの人の、見透かすような瞳が……」


あの夜、ニールはソフィアを離そうとしなかった。ガヴォットが終わっても繋いだ手を解くこともなく、続いてワルツを踊り始めた。


絡めた指先は、熱を持っていた。揺るぎのない瞳は、肉食動物のようにソフィアを欲していた。


その瞳の獰猛さに、ソフィアはニールの中の男を感じた。







まだ未熟な自分が、足を踏み入れてはいけない何か。


逃げたくなる衝動に駆られたが、辺境伯の娘に過ぎないソフィアが、王子の誘いを断ることは罪だ。だからリンデル嬢がソフィアを転ばせ、逃げ出すきっかけを作ってくれたことには、感謝したいほどだった。
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