ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
お叱りはごもっともですが、私が認識している普通のホテルとは結構広いものだ。

どんな話し方をと言われても、片言の英語とジェスチャーでの会話を再現するのは恥ずかしすぎるので、勘弁してもらいたい。


反論は心の中だけで。

助けてくれた彼には心から感謝しているので、今は殊勝な態度で大人しく、彼の気の済むまで叱られていようと思う。


腕組みをして厳しい顔を私に向け続けていた彼だったが、私が「ごめん」と肩を落としてうなだれたら、小言は止んで優しく抱き寄せられた。

「お説教はお終いということで、いいのかな?」と恐る恐る尋ねれば、「うん。怒ってごめん」と謝られ、「キスされたの……?」と不安げな声で問いかけられた。


「される直前って感じだった。ありがとう。助かったよ」

「よかった……」


心底ホッとしたような返事が耳を掠めて、ゾクリとしたら、「夕羽」と艶めいた声で呼び捨てられる。

少し体を離されて、その顔を仰ぎ見れば、男の色気を醸す情熱的な瞳と視線が合った。

今日も伊達眼鏡をかけている彼が、それを外すと、黒目がさらに蠱惑的に見え、私の鼓動はなにかを期待して急激に速度を上げる。


顎をすくわれて、顔を近づけられても、逃げようという気持ちは少しも湧かない。

目を閉じて唇が重なる瞬間を待ちわびる私は、どうしてしまったのか……。

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