ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
良樹は私をマンションまで送ってから帰社する予定でいる。

マンションではなく、近くの食料品店で降ろしてほしいと頼もうとしたら、「夕羽ちゃん!」と急にテンションを上げた彼に抱きつかれた。

「わっ」と声をあげた私の頬に彼の唇があたる。

耳と鼻と、唇にもキスの雨を降らされて、顔を火照らせる私は、「こらこら、車内でなにをーー」とたしなめる。

その言葉を遮り、「ありがとう」とため息交じりに言った彼は、私の横髪に鼻先を埋めて、さらに強く抱きしめた。


「夕羽ちゃんが来てくれてよかった。助かったよ……」


心底ホッとしたような声でお礼を言われ、私は目を瞬かせる。

そっか。私が良樹を助けたんだ……。


昨夜は、眠りについた彼を抱きしめながら、仕事面でなんの力にもなれないと悔しく思っていたけれど、今日の私はヒーローみたいだ。

彼氏のピンチにさっと駆けつけるとは、なんてかっこいい女だろう。

ただし、それは偶然の賜物であり、私の力じゃないから威張れないけどね。


スーツの大きな背中をポンポンと叩いてやって、「今日は早く帰れる?」と問えば、「夕方には」と残念そうな返事が私のうなじにかかる。


「本音は今すぐ帰りたい。やっぱり、帰ろうかな……」と言い出す彼の肩と胸を押すようにして体を離し、その顔を見つめて笑顔で叱った。


「ちゃんとやることやってから帰ってきて。その方が、心置きなくふたりの時間を楽しめるよ。庶民的なつまみを作って待ってるから」

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