ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
翌日は曇り空の木曜日。
良樹は今朝、私の唇が腫れそうなほどにキスしてから出張先へと旅立ち、私はいつも通りに出社して、平和で退屈なデスクワークに勤しんでいる。
時刻は十時十五分で、パソコンのキーボードから手を離し、凝り固まった肩を自分の手で揉みほぐしていた。
すると内線電話が鳴り響き、私より早く隣の席の小山さんが受話器を取る。
彼女は「はい」と二度返事をした後に、私に受話器を差し出した。
「浜野さんに外線が入ってるそうだよ」
「ほ? 良樹……じゃなかった、社長から?」
離れて三時間ほどしか経っていないのに、もう寂しくなって電話をかけてきたのかと驚いていたが、「ううん、浜野さんのご家族から」と小山さんに言われる。
目を瞬かせた私が受話器を受け取り耳に当てると、彼女が電話機のボタンを押して、外線に繋いでくれた。
途端に聞き慣れた母の、大きな声がする。
《夕羽かい? 今度こそ夕羽なのかい? 携帯にかけても出ないし、会社にかけたら知らないおっさんに取り次ぎますと言われるし、こっちは急いでるんだ。さっさと出なさいよ!》
理不尽な文句が耳にキンと響いて思わず受話器を五センチほど離してしまったが、続けて言われた《父ちゃんが大変なんだよ!》という言葉で、事態は急に緊迫した。
私も母に負けない大声で、受話器に向けて問いかける。
「父ちゃんがどうしたの!? まさか倒れたの?」
《ああ、そうなんだよ》
「そりゃ大変だ! 救急車……は、うちの島になかった。診療所に連絡した?」
《してない。そうだ、医者だよ。父ちゃん、急いで診療所に電話して!》