ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
考えた結果、すぐには帰らなくてもいいだろうという結論に達し、伝票整理の続きに戻ろうとしたら、小山さんに声をかけられる。


「浜野さん、なんで仕事しようとしてるの? お父さん、倒れたんでしょ? すぐに帰らないと駄目だよ!」


顔を上げれば彼女だけではなく、総務の他の社員たちも心配そうな目を私に向けていた。

どうやら耳が痛くなるほどの母の慌てた声は周囲に漏れていて、対応している私に注目が集まり、会話を聞かれていたようだ。

帰らせてくださいと私が言わなくても、総務の四十代男性課長が近づいてきて、休暇申請の用紙を渡してきた。


「浜野さんの実家は遠かったよね? 今日は早退で、明日は休みなさい。そうすれば土日を入れて四日帰れる。月曜も休むなら、電話を入れてくれればいいから」


「はあ、ありがとうございます……」と用紙を受け取ってもまだ迷っていると、周囲から「早く、早く」と急き立てられる。

斜め向かいのデスクに座るのは、三十代後半の男性社員で、「俺は親の死に目に会えなくて今でも後悔してる」と深刻そうな顔で言われたら、私の焦りも復活した。


そうだよ、呑気に構えている場合じゃない。

うちの母は元から慌てん坊タイプだから、どうせ大したことはないのだろうと高を括ってしまったけど、本当に一大事だったらどうするんだ。

急げ、私。まだ息のあるうちに、父ちゃんに会わなければ!
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