ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「おう、夕羽か。ご苦労だったな」と枕から首を持ち上げて私を見た父は、直後に「いてて……」と顔をしかめる。

すると隣接する台所の暖簾を掻き分け、母が慌てて飛び出してきて、父の傍らに寄り添った。


「父ちゃん、大丈夫かい? 動いたら駄目だからね。医者にも、とにかく寝てたら、じきに治るって言われたろ。酒は夕羽に注がせて、安静にしてるんだよ」


心配そうな顔の母はそれから、四つん這いの姿勢でいる私に向けて「ご飯できてるよ。手を洗っておいで。うがいも忘れずにね」と普通の調子で言った。

それはまるで、部活から帰った子供に対しての言葉のように聞こえる。


総務の人たちの深刻そうなテンションにつられてしまったが、どうやら最初の私の推測が正しかったようだ。

父の容態は大したことはなく、慌てん坊の母が取り乱しただけ。

わかっていたことだと、ため息ひとつで諦めて、東京から駆けつけるに至る苦労は水に流して立ち上がった。


母に言われた通り、手洗いうがいをしてこたつテーブルに着くと、中には火が入れられて暖かい。

十月下旬の北の離島は、いつ雪が降ってもおかしくないほどに夜は冷え込む。

灯油ストーブは強火で部屋を暖めていて、私の背には母が綿入りの半纏をかけてくれた。
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