ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
父は五十四で、母は五十二だ。

そろそろ健康不安も出てくる年だから、まぁ仕方ないと思うことにして、ふたりを責めることなく味噌汁を啜った。


夕食後は当然の如く、父と晩酌である。

私は父の布団の横でスルメをかじり、父は横向きに寝そべりながら、ビールジョッキにストローをさして日本酒を飲む。

話題は最近の漁のことや、私の東京での仕事ぶりについて。それと五木様のことだ。

私の演歌好きは父の影響で、幼い頃からテレビやCDで聞かされ続け、船上では父が渋い声で歌ってくれた。

私と同じくらいに五木様の歌が好きな父に、ディナーショーに行ったことを話したら、鼻息を荒くして羨ましがられる。


「五木ひろしのディナーショーか。ちくしょー、俺も行きてぇな。この島でやってくんねぇかな」

「人口五百人の村で?」


私が自虐的に笑って受け流したら、父が急に声のトーンを下げた。


「東京は人も多いし、色々あって面白いと思うけどよ……夕羽、お前、いつまであっちにいる気だ? 戻って、俺と一緒に漁師やらねぇか?」


私と目を合わせられずにいるところを見れば、帰ってきてほしいと頼んだことに照れがあるようだ。

少し寂しげにも見えて、愛情表現が下手な父が、子供を恋しがっていることに初めて気付かされた。


しかし、私の頭にはすぐに良樹の顔が浮かんで、帰るとは言ってあげられない。

日本酒をちびりと飲んで、「航平がいるじゃん」と弟の名を出せば、「あいつは駄目だ」と父はすぐに漁師失格の烙印を押した。
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