ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「腰、大丈夫なの?」

「ああ。医者に買わされた腰に巻くやつ、なんてったっけ? モルモットか。アレしたら、歩くのが大した楽だって」

「コルセットね。痛みが取れてよかったよ。でも漁はもう数日、休んだ方がいいと思うよ」


そう言ってから声のトーンを落とし、申し訳ない気持ちで割烹着姿の母の背中に告げる。


「私も仕事があるから、明日の漁が終わったら帰るね……」


軋む板の間を歩いてゆっくりと近づき、流し台に向かう母の隣に立つ。

熟練の包丁さばきで、大根をスピーディーに銀杏切りにしている母。

そばには鮭の切り身やホタテ、春菊に椎茸、長ネギがあるから、今夜は石狩鍋に違いない。

つまみ食いできそうなものがなくて、少々残念に思っていたら、母が手を休めずに意味ありげに笑った。

「東京に帰るのは、仕事があるからじゃなくて、彼氏が待ってるからでしょ?」と冷やかしてくる。


「ま、まあね。それもあるかな……」


人差し指で頬を掻いて照れてから、スマホを充電していたことを思い出した。

「そうだ。メールしないと」と独り言を口にして居間へと繋がる暖簾を潜ろうとすれば、「あんたの携帯、そっちにないよ」と母に言われる。
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