ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
社員数は約千人。省エネや排ガス、廃棄物処理に関する研究開発と技術提供が主な業務内容で、発展途上国のライフラインを整えたりと、ワールドワイドで社会貢献している立派な会社だ。

一族というのは、帝重工創始者の『三門(みかど)家』の人たちのことで、グループ会社の上層部には三門姓が多いそうだ。

昨年から社長に就任したそのお坊っちゃまとやらには、私はまだお目にかかったことはないが、小山さんが言うには、眼鏡の奥の瞳は氷のように冷えて、社員に対して常時威圧的な態度を取るらしい。

有能だと手腕は認めるところだが、その厳しさに鬼と陰口を叩かれてもいるようだ。


私としては、できることなら仕事は楽しく、和気あいあいとやりたい。

そんな甘い考えをしているので、社長にはぜひともお会いしたくない……というのが本音である。


財布とスマホを手に、小山さんと廊下に出る。

社員食堂はありがたい存在で、私が狙うのは一日限定百食の日替わり定食だ。

四百円という安さに加えて、副菜の小鉢が三つもついてバランスがよく、ひとり暮らしの私の貴重な栄養源となっている。


階段で一階を目指し、並んでステップを下りながら、小山さんが「ねぇ、昨日の二十時からの歌番組見た?」と笑顔で話題を振ってきた。

「見た、見た!」と私も喜び勇んで、それに食いつく。
< 3 / 204 >

この作品をシェア

pagetop