ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
時計の針がやっと十二時を指すと、隣の席の小山沙織が私の方を見た。

小山さんは私と同じ二十八歳だが、正社員であり、私の指導的立場にある。


ふわりとウェーブのついた上品な茶色の長い髪をひとつに結わえ、やや垂れ目の癒し系の顔。

黒髪ショートボブで、化粧は控えめ、男勝りな性格の私とは正反対と言ってもいい、女らしい可愛い人だ。

ここに派遣された私に気さくに優しく声をかけてくれたので、私も変に畏まることなく、自然体でいさせてもらえることがありがたい。


「浜野さん、お昼に入ろう。早く行かないと日替わり定食が売り切れちゃう」と彼女が小声で誘ってくれたので、やっとデスクワークから解放されると私は喜んだ。


「よっ、その言葉、待ってました!」


少々おどけて答えたら、彼女はプッと吹き出してから慌てたように周囲を見回し、声を潜めて注意してきた。


「もう、笑わせないでよ。オフィスでは雑談禁止なんだから。うちの会社、社員の行動規範に煩いんだよ。一族のお坊っちゃまが社長に就任した去年からは、ますます厳しくなって困っちゃう」


この会社は『帝(みかど)重工』という旧財閥の流れを汲む大企業傘下のグループ子会社で、『帝重工環境エンジニアリング』という。

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