ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
子犬のような笑顔を向ける彼に、「お帰り。お疲れ様」と労をねぎらってから、私は真顔を作る。


「ときに、お願いがあるんだけど」

「なになに? 夕羽ちゃんの頼みなら、なんでも聞いてあげる」

「ありがと。それならドアをノックして、返事を待ってから開けてもらおうか。居候の分際でおこがましいとはわかってる。でも、私も一応女だからね。着替え中だと恥ずかしいよ」


私の至極真っ当な頼み事に、よっしーは目を二度瞬かせてから、なぜかパッと顔を輝かせた。

「夕羽ちゃんの生着替え、見たい!」と言われ、頬杖をついていた私の肘が、テーブルの縁からずり落ちてしまう。

私の顔から胸へと視線を移し、唇を舐めた彼を見て、ノックをお願いするのは無駄だということを理解する。

そうか、わかった。着替えの際には鍵をかければいいんだと、ひとり納得し、私は湯飲み茶碗に口をつけた。


「俺も飲みたい」と言うので、食器棚から色違いの湯飲み茶碗を持ってきて、日本酒をなみなみと注いであげる。

紺色スーツのジャケットを脱いで、片手で器用にネクタイを外し、ワイシャツの襟のボタンもふたつ外して寛ぎ体制に入った彼。

私が注いだ日本酒を飲む前から、その息にはほんのりとアルコールの香りがしていた。
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