ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
低く響くいい声で甘い台詞を口にし、男らしくも綺麗に整った顔で、私を見つめて優しく微笑む彼。

拳三つ分ほどの近距離にあるその顔から視線を逸らした私は、口の中のサンマを急いで飲み込んで、湯飲み茶碗に二センチほど入っている日本酒をグイッとあおった。


鼓動が二割り増しで速度を上げている。

心なしか顔が熱いのは、酔いが回ってきたせいなのか……いや、今夜はまだ湯飲み茶碗二杯しか飲んでいない。

この程度で私は酔っ払ったりしないはずなのに。


この身体反応は、彼を異性と意識してのものだと自覚して急に恥ずかしくなり、私の中に潜む女の顔を出すまいと、慌てて目を瞑った。

瞼の裏に映したのは、子供の頃の彼。

ぽっちゃりとした色白で、年上なのに弟みたいな、少々頼りない都会育ちの男の子だった。

島の遊びを得意になって教える私に、いつでも『すごいね!』と無邪気に喜んで褒めてくれた可愛い少年が、私のよっしーだ。


懐かしい彼を思い出したことで、鼓動は無事に落ち着きを取り戻した。

しかし、またすぐに跳ね上がることになる。

唇になにかが触れて、驚いて目を開ければ、見えないほどの至近距離に端正な顔があった。

つまり、私は彼にキスをされているのだ。

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