ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
津出さんは綺麗な顔をしかめて、怒っているようにも苦しそうにも取れる表情をしている。

彼に恋をしているのだから、その反応は当然だろう。

私みたいな女らしさの欠けた末端の派遣社員に、愛しの彼を奪われた気持ちで、プライドが傷ついているのかもしれない。

嘘の交際宣言なんて、津出さんがあまりにも可哀想だ。


私の頭には今、都はるみの往年のヒット曲『北の宿から』が流れている。

愛しい人に着てもらえることは叶わないとわかっていながらも、彼のためにセーターを編むという、悲しい女の未練を歌った演歌だ。

津出さんは失恋の痛みを引きずったまま、今後も社長に仕えてセーターを編み続けねばならないのかと、激しく同情していた。

よっしーに私たちの関係を秘密にするよう言われているけれど、『違うよ、ただの友達だよ』と言ってあげたくなる。

辛抱たまらず口を開きかけた私だったが、その前に津出さんが話し始めてしまった。


「知らないふりなどできません。私は社長の秘書なので、これは頭に入れておかねばならない重要な情報です」


彼への愛情のかけらも感じさせない淡々とした口調で反論した津出さんは、続いて事務的な文句も付け足した。

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