ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
最後は冗談めかして話を終えた彼は、まだ濡れている前髪を掻き上げた。

すると、急に彼の纏う雰囲気が変わったような気がした。


「夕羽……」


その瞳には色が灯され、私を呼び捨てた口元には蠱惑的な微笑が浮かぶ。

思わず心臓を跳ねらせた私に大きな手が伸ばされて、顎をすくわれた。


「な、なに」と上擦る声で返事して、顎先をつまむ手を外そうと試みたが、それは叶わず、さらには彼のもう一方の腕が首の後ろに回されて、引き寄せられた。


急に甘い展開に持ち込もうとする彼。

不埒なこの腕から逃れようとしたが、私より彼の方が力が強いと悟るに終わる。


「だから……」と艶めいた声で囁いて、近づいてくる彼の唇は、わずか拳ひとつ分の距離にあった。

前にも後ろにも逃げられない中で、糖度高めの低音ボイスが、私の唇をくすぐる。


「やり方を変えられないけど、その分、疲れた俺を夕羽が癒してくれればいい。キスしてもいいよね?」


友達なのに、駄目でしょ……という私の返事を待たずして、唇が重なる。

上唇と下唇を交互に味わってから、深く中へ侵入し、私の舌に絡みつく。

女としての色気が不足していても、このキスが気持ちいいと感じる。

まるで恋人にするような、情熱的で激しい口付けに、拒否の意思まで消されてしまいそうだ。
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