ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
あくびをしている彼の、一歩前に進み出た私は、墓石の真正面で手を合わせ、声に出して事情説明から始めた。


彼が社内で鬼の社長を演じているせいで、下で働く者たちは萎縮して働きにくい。

小山さんは『すごく怖い』と社長を評価していたし、彼が廊下を歩けば社員たちはサッと壁際に寄り、腰を直角に曲げて挨拶する。

そして肝を冷やして社長が通り過ぎるのを待っているなんて、私にしたら尋常じゃない光景だ。

お江戸のお殿様か?とツッコミを入れたくなってしまう。


「みんな言ってるよ。社長は鬼で閻魔で死神だって。いつ首をはねられるか、血の池地獄に突き落とされるかと怯えているんだ。生きた心地がしない社員たちは哀れだよ。おじいちゃんもそう思わない?」


後ろには「俺って、そこまで恐れられてるの……?」と焦っているような、驚いているような声がする。

閻魔や死神はものの例えだ。鬼という表現しか聞いたことはないが、より祖父心に響くようにと、少々話を盛ってみた。

背後の上擦る声の問いかけには答えず、私は合掌した手を擦り合わせて、彼の祖父だけに話し続ける。

社員たちの働きにくさも改善してほしいけど、それよりもなによりも、私はよっしーの心にかかる負担が心配である。


「よっしーの性格的に、鬼でいるのはつらいと思うんだよ。帰宅したらぐったりして、私との晩酌中に膝枕で寝落ちするから、足が痺れる。トイレに行きたくてもしばらくは我慢するしかない。起こさないようにそっとネクタイとベルトを緩めてやって、手もかかるんだ」


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