天使は金の瞳で毒を盛る
なんにしろ、もう時間は過ぎていってしまっているのだから。

沈黙が続く。

雨は変わらず降り続いている。

榛瑠が置いたコーヒーカップがカチャリとささやかに音をつくった。

「…なんでいきなり出て行っちゃったの?」

…ちょっと待って!あたし何をいきなり口にしてるの。おかしいでしょ!?

でも、表に出された言葉は戻ってこない。だから、待つ。

彼はスクロールする手を止めなかった。ただ、間をおいてこう言った。

「貴方を傷つけたくなかったので」

え?なに?

榛瑠が私を見た。金色の瞳が私をとらえる。ゆっくり左手が伸びてくる。長いリーチ。手のひらが頬に触れる。

熱い。熱くて、指先が触れたところだけが冷たい。まるで彼そのもののような…。

その親指がゆっくり動いて唇の端にふれる。ビクッとする。払いのけたい。そのはずなのに、動けない。

指はそっと私の唇の形を確かめるように動く。目を開けていられない。

暗闇の中に、榛瑠の指だけが世界の全てのようだ。

優しくゆっくりと唇が押し開かれる。歯に、彼の綺麗な爪がふれる。

「それとも、私に壊されたかったですか?」

何?なんて言ったの?

指先がこじ開けるように入ってきて、舌先にふれる。知らなかった味覚。

「んっ」

怖くなって、噛む。涙がにじむ。

不意に触れていた彼の存在が取り除かれ、目を開けた。身体中がガクガクいって、そのまま座り込んでしまいたかった。

目の前に、何もなかったように画面を見ている男がいた。

何が起きたの?

この人、なんでこんな顔してるのよ!

思わず唇を押さえる。

「っつ」

落ちてきそうな涙をこらえてその場を離れる。

部屋を出るとすぐ、扉を背に座り込んでしまった。喉の奥が痛い。

榛瑠のばか。大っ嫌いよ。

息を整えるために、大きく息を吐いた。みてなさい、負けないんだから。

わからないことばっかりだけど、わかったこともあるんだからね。

私は人を呼ぶために立ちあがった。
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