契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

「今まであたし……自分はなんで生まれてきてしもうたんかなぁ、って思い続けてきました。
あたしの両親は互いに別の人と結婚してるにもかかわらず、なんであたしを産もうと思ったんやろ?って。もし、避妊に失敗したんやったら堕胎することもできたのに、麻生の父の戸籍に実子として出生届を出してまで、なんでやろ?って。
考えてみれば、互いの家庭を壊すこともなく、それでもあたしを産むのって、実は一番『リスク』のある選択肢なんですよね。
……ほんで、やっぱし最悪の結果になりましたけど」

登茂子が反論しようと、口を開きかける。

「えーっと、それが倫理的にどうなのか、っていうことでしたよね?」

しかし、栞は制した。

「そもそも……『倫理観』というのは時代によっても変わりますし、国や文化によっても異なります。そして、その時々の為政者の指向に左右されることも多々見受けられます。
日本の戸籍制度は、中国の唐時代の律令制度に(なら)ってつくられた大宝律令に(のっと)ってできましたが、その主たる目的は『税の徴収』です。班田収授法によって六歳以上の男女に租税を負う義務が生じたので、家族関係を把握することで税の取りっぱぐれをなくそうとしたためで『不貞行為』などの概念はありません。
さすがに現代では、秩序を法的に担保し、なおかつ抑制力とするためにも必要なのでしょうが、それでも『不貞行為』は刑事裁判で刑罰が科される犯罪とは一線を画しています」

「あら、旧民法では……『姦通罪』ってあったはずやんな?あれは刑事罰やなかったっけ?」

話を遮られてムッとした登茂子が、栞の論の隙をつく。

「確かに、改正される前の旧民法では刑事罰の姦通罪がありました」

登茂子の顔が「ほら、やっぱり」となる。

「でもそれは…… 既婚者同士の不貞行為に限り、男性側の不貞行為に対しても処罰される可能性がないこともないのですが……実際的には『女性側の不貞行為のみ』が処罰の対象でした。
なので、表面上は不貞行為を処罰する形をとってはいても、本来の目的は明治維新後の新政府が封建的な男性優位な社会を堅持するためであると、そのための施策の一つであると、あたしは解釈していますが?
……そして、改めて言いますけど『姦通罪』は現行下の民法では廃止されている刑罰なので、現在の法制下では適用されません」

栞はいっさい表情を変えず、平然と論を重ねた。

「そしたら……法的に処罰されへんかったら不倫してもええっていうこと?
……せやったら、婚姻制度自体が成り立たなくなるやないの?」

登茂子が「話にならへんわね」と嘲笑(あざわら)う。
未だに洋史との「婚姻関係」を継続していることも「智史の母親」というのと同じくらい、彼女にとっての「拠り所」だった。

「だからこそ、継続が不可能になった際には婚姻関係の終了……つまり、『離婚』があるんやないんですか?
(くだん)の封建的な旧民法ですら、婚姻関係を解消することが認められていました。もともと婚姻制度は永久不変のものではないということです。
最近では離婚に否定的だったカトリックの国でも緩和されるようになり、例えばフランスでは、婚姻関係ではなくPACSというパートナー制度を利用することで容易になりました。でも……」

栞はそこで、ちょっと首を(かし)げた。

「あの人らは逆に、婚姻関係を守ろうとしはったんですよね?
……あたしが生まれても離婚しいひんかった、っていうことは……」

栞はさらに続ける。

「それは互いの配偶者のためやなくて、姉と『お兄さん』のためやったんやと、あたしは思うんですけど。
二人に対する、せめてもの……『償い』のつもりやったんやないんでしょうか?
まぁ……それこそあまりにも勝手すぎるし、姉たちにとっては大きなお世話でしょうけどね」

ここまで、たくさんしゃべって喉が渇いた栞は、ローテーブルのフランフランのイニシャルマグを手に取り、ごくごくっ…と飲んだ。
「父の味」だというカフェオレは、当然のことながら冷め切っていた。


そして、改めて口を開く。

栞自身にとっての「本題」は、実はここからなのだ。長々としゃべってきたのはそのための「布石」でしかない。

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