契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「……だぁ……ぶぅ……ううぅ……」
そのとき、愛らしい声が聞こえてきた。我が娘だった。
今にもあふれそうな涙を湛えながらも、野菜が盛られた大皿に向けて、力いっぱい手を伸ばしている。
智史の心臓が、きゅっ、と縮こまった気がした。
次の瞬間、反射的に大皿から野菜を取っていた。
……泣くな、なな。すぐに、おまえのぷっくりしたそのかわいい手に乗せてやるからな。
「ああぁっ、おねえちゃんっ!
お兄さんが、ななちゃんに生の白ネギを食べさそうとしたはるえっ‼︎」
「なんやてぇ……っ⁉︎」
栞としゃべっていた稍が、ぶんっと智史の方へ振り向いた。先刻まで小面のように穏やかだった表情が、一瞬にして般若のような形相に変化した。
思わず後退った智史は、ななにやるはずだった白ネギを、ぽとり、と手から落とした。
「……ネギ類は極めてアレルギー性の低い食材だが、加熱しないと硫化アリル独特の辛味成分がそのままだからな。乳幼児にはどうかな?
いきなり食べたりしたら、野菜嫌いになるかも」
神宮寺が冷静に分析する。
……はぁ⁉︎ こいつ、なに言うてやがるっ⁉︎
「智くん、ひどいっ!ななちゃんが野菜嫌いになったら、どうすんのよおっ⁉︎」
稍が取り乱して叫ぶと、腕の中のななが不穏な空気を察知して「ふえぇっ……」とぐずり出した。
「ななちゃんっ……ほら、お花のニンジンさんやで。かわいいなぁ」
栞が大皿からあらかじめ茹でておいた人参を取って、ななに持たせる。
ななはすぐに「お花のニンジンさん」を口いっぱいに頬張った。どうやらご機嫌は直ったようだ。
そして、まだ歯が生えそろっていないななは、 一頻り「ニンジンさん」をべろべろに舐め回してねばねばにしたあと、飽きたのであろう、べっ、と吐き出した。
稍が何事もなかったかのように「ニンジンさん」の残骸をひょいと取って、ガラ入れの器へ放り込んだ。