契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「イヤやわぁ、たっくん。お兄さんがまだやのに先にいただくやなんて……お兄さんも、早よ食べて」
栞がにっこりと笑って智史に促す。
「ほら、智史も早よ食べよし。栞ちゃんが待ってるえ……ほんなら、ななちゃんもこっちの御馳走いただこか?」
うっすらと笑った稍がそう言って、ななの離乳食をスプーンで掬った。今日のメニューはかぼちゃとさつまいもを裏ごししたものだ。
彼女が夫を「智史」と呼ぶのはたいてい怒っているときだ。なんだか京都の老舗の女将のような言葉遣いもしらじらしい。夫が他人と鍋を突けないことは、もちろん百も承知である。
……この人、頭は賢いのにアホちゃう?
栞ちゃんを呼んだら、もれなく『たっくん』がついてきはるに決まってるやん。
妻の怒りがまだ燻っていることを、智史は察した。ななのことになると、稍は少し神経質になる。
同じ会社に勤務し同じマンションに住む松波 麻琴も、稍の少しあとに湊と名付けた男児を出産した。「ママ友」にもなった二人は日々、子どもに関する情報収集に余念がない。
「や、稍……」
なんとか妻の怒りを鎮めようと、智史が再度声をかけたそのとき、スマホから着信音が鳴り響いた。
テーブルの上に置いていた、神宮寺のスマホからだった。
「智くんっ、黙ってっ!
それって、もしかして……⁉︎」
植木賞の結果の通知かもしれない。