獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
「あなたを残して行くことが、口惜しい。頼れる護衛の者を二人用意しましたので、町に出る時には必ず二人を連れて出てください」


ハイデル公国の重鎮だった父親が爵位を奪われたことに、ヴァンが深い怨恨を抱いていることを、アメリは知っていた。


ヴァンを見ていれば分かる。彼は、忠実で聡明な男だ。彼の父親も、きっと優れた人物だったのだろう。その父親が爵位を剥奪されるようなことをするとは、到底思えない。おそらく、ハイデル公国側の陰謀が絡んでいるに違いない。そういう、血も情けもない国だ。


今回の出兵は、彼が長年の怨恨を晴らすまたとないチャンスなのだ。


本当は、ヴァンがいなくなるのは心細い。けれども、アメリはヴァンを安心させるように笑顔を作った。


「大丈夫よ、ヴァン。きっと、あなたよりも頼りになるわ。だってあなた、私の護衛中でもすぐに女の子のところに行っちゃうんだもの」


「なかなか言いますね、アメリ様。さすが、あの悪獅子を手なずけた女性だ」


温もりを閉じ込めたブラウンの瞳は、アメリの心の内などすっかり読み取っているようにも見えた。






宵が深まり、場内は騎士達とその家族でますます溢れかえる。


ワインで人々が上機嫌になり、立食式の食事がなくなる頃、ヴァイオリンやフルートを携えた音楽隊が優雅な音楽を奏で始めた。


舞踏会の、始まりである。


騎士達は自分の妻や恋人、はたまた想い人をダンスに誘い、シャンデリアの輝く大広間で思い思いにステップを踏み始めた。ヴァンなどは、一曲も休むことなく婦人方とダンスを楽しんでいる。


そんな中、アメリは一人広間の隅で椅子に腰かけていた。


場内の女性のほとんどがダンスの誘いを受けている中、アメリのもとへは誰も来ない。恐らく、男性たちはカイルの怒りに触れるのを恐れているのだろう。


けれどもカイルは、どんなに時間が過ぎようと一向に姿を現さないのだった。


(明日から、しばらく会えないというのに……)


カイルは、アメリに会う気はさらさらないのだろう。何が彼の機嫌を損ねたのか、アメリはいくら考えても分からない。苦しみばかりが、胸に広がっていく。







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