獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
不安で、どうにかなりそうだ。


けれども、他の婚約者たちのように、アメリはこの城から逃げ帰るわけにはいかない。


アメリを嫌っている義母と姉たちが、歓迎してくれるわけがない。それに、悪獅子の手付きの令嬢が戻れば、父にも迷惑をかけてしまう。


絶対に、このままここに居残らねばならないのだ。けれども、あの王太子に受け入れられるとは到底思えない。






(どうして、私はお母様の娘なのに強くないのかしら……)


母は、いつも幸せそうだった。父親不在のまま子を産んだため、世間から冷たい目で見られたこともあっただろう。

ガラス工房の経営は不安定だったし、生活だってギリギリだった。それなのに、アメリは母が嘆いている姿を一度たりとも見たことがない。


――『どうして、お母様はいつも笑っているの?』


昔、そんな質問をしたことがあるのを思い出す。すると母は、ふふ、と微笑んでこう言った。


――『アメリ。それはね、いつも心に色を思い浮かべているからよ』


――『色?』


――『そうよ。色言葉と言ってね、色にはそれぞれ意味があるの。例えば、真珠色の色言葉は”幸福”。お母様はね、いつも真珠色を心に思い浮かべている。だから幸福で笑っているのよ、アメリ』


色彩のスペシャリストである母は、故郷に伝わる色々な色言葉をアメリに教えてくれた。母から色言葉の話を聞くのが、アメリは好きだった。


色に意味があるなんて、不思議。その色を思い描くだけで気持ちが変わるなんて、まるで魔法のよう。








「真珠色は、幸福の色」


アメリは目を閉じると、白よりも少し黄みがかった真珠色を心に思い浮かべてみた。


淀んだ胸の内が洗われ、真珠色に染められていく。いつの間にか、胸が軽くなっていた。


「お母様、ありがとう……」


もうこの世にはいない母に礼をのべながら、長旅の疲れを癒すため、アメリはそのまましばらくの眠りについたのだった。
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