能ある狼は牙を隠す
堪らず彼女の手に擦り寄って、俺は口を開いた。
「俺がぶたれた時も、羊ちゃんはこうやってくれた」
一番情けないところを見られたと思う。
それなのに、羊ちゃんは俺のだめなところを丸ごと受け止めてしまった。
「あの時は保冷剤が冷たくて気付けなかった。羊ちゃんの手、こんなに温かいんだって」
冷めきっていた心を、ゆっくり溶かすように。
羊ちゃんは俺のことを魔法使いだなんて言ったけど、それは彼女の方だ。
「俺はずっと、羊ちゃんに『ありがとう』って言いたかったんだ。俺を助けてくれて、ありがとうって」
「そ、そんな、大袈裟だよ。あの時はたまたまいただけだし、冷やしただけだし、それに……」
わたわたと片方の手を振って謙遜する羊ちゃんに、俺は「ううん。嬉しかったよ」と言い切る。
お願い、逃げないで。受け止めて。
俺にとって君がどれだけ大切なのか知って欲しい。
ずっと腕を上げっぱなしでは辛いだろう。
彼女の手をそっと下ろして、両手で握り直した。
「羊ちゃん」
「は、はい」
もう誤魔化したくないと思う。
せめて彼女に対しては、真っ直ぐに向き合いたいと。
「あのさ。連絡先、交換しない?」