能ある狼は牙を隠す



「羊ちゃん、おいしい?」

「うん……おいしい……」


狼谷くんに連れられて来たのは、落ち着いた雰囲気の抹茶専門店だった。
お祭り自体は夕方からだそうで、それまで時間があるから、とここへ入ったはいいんだけれど。

さっきからずっと、目の前で狼谷くんは私を凝視している。
もうそれが気まずくて気まずくて、そして恥ずかしくて耐えられない。


「あ、あの、狼谷くん、アイス溶けちゃうよ」


彼が注文したのは抹茶アイスだった。
私はそれにするかケーキにするか悩んで、結局ケーキにした。

なかなか決められない私に、狼谷くんは「どれで迷ってるの?」と尋ねてきて。
答えたら、羊ちゃんが頼まなかった方は俺が頼むから、と言って店員さんを呼んでしまった。


「うん、気にしなくていいよ。これも羊ちゃんが食べていいから。ああごめん、アイス先に食べたい?」

「うーん? えっと、そうじゃなくて」


なんだろう、この絶妙に噛み合わない会話は。
にこにこと上機嫌な狼谷くんに、私は戸惑ってしまう。


「私だけ食べてるの恥ずかしいから、狼谷くんも食べよう……? 一緒に食べたい……」

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