プワソンダヴリル〜甘い嘘は愛する君だけに〜
――翌日、4月2日。

オフィスには普段通りにテキパキと仕事をこなす凛子の姿があった。
社長と穏やかに話している彼女の姿からして、無事に入社式を終えたのだろう。

会社での凛子はいつもキリっとしていて、その仕事ぶりは社内でも評判なくらいだ。
プライベートのちょっと抜けてる凛子を知っている社内の人間は、ほとんどいないんじゃないかと思う。

「あ、小田切くん」
社長との話が一段落したらしい凛子が、俺の姿を見つけてこちらへ向かって歩いてくる。

「新しい企画のことでちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけど、今日ランチのとき時間ある?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「よかった!じゃあお昼に」

会社でのさっぱりとした凛子の態度は、いつもと変わらない。
社内ではお互いに名字で呼び合うし、ほとんど仕事の話しかしない。いつも通りだ。

昨日のことを微塵も気にする様子のない彼女の姿は、安心と複雑な気持ちの相反する思いを俺の中に残していった。

―――

「うん、その方向性でいいんじゃないか」
「よし!これでもうちょっとつめてみる」

仕事の話をしながら過ごした昼休みの1時間は、あっという間に過ぎ去って。
そろそろ戻らないとな、なんて話をしながらテーブルに置いた資料をまとめた凛子がふいに口を開いた。

「あ、最後にここの部分だけちょっと見てもらってもいい?」
「ん、どこ?」

見えやすいように凛子が顔の前に立ててくれた資料を覗き込む。
導かれるように彼女が指差す方へと顔を近付けた、そのとき。

「え?」

一瞬、何が起こったのかわからなくて。
思わず俺の指先は、瞬く間に離れていったその熱をたどるように自分の左頬に触れていた。

「もう私、宏ちゃんの家にしか上がらない」

…え?

凛子の言葉をすぐに理解できずに俺が身体をフリーズさせているうちに、俺たちを隠すように広げられていた資料をまとめて両手に抱えた凛子が先に席を立ちあがった。

「さ、仕事戻らないと。…小田切くん」

いたずらっ子みたいに笑う彼女の姿は…まるで無邪気な小悪魔のようだった。





Fin
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