拾った彼女が叫ぶから
 マリアはドレスをぼんやりと見つめ、ぽとりと自嘲めいた笑いを落とした。
 あの婚約発表の場でみっともなく泣いたりしなかった自分を褒めよう。そして、ぐずぐずと落ち込まずに済んだのは少なからずルーファスのお陰だ。一晩のお代としては悪くなかったということにしよう。
 さて、では明日からどうやって過ごそうか。
 これまでは辛うじて父親の仕事で食いつなぎ、先に嫁いだ姉からの仕送りとゲイルからの援助ともいえない施しを借金の返済にあててきたけれど、それももう望むべくもない。マリアも時折教会や孤児院などに呼ばれて子供たちの家庭教師の真似事をしていたが、ささやかな収入では返済の足しにはほど遠い。加えて母親は危機感に乏しい人で、日がな一日かつての伯爵夫人のときと同じように過ごしている。多分現実を受け入れられないのだろう。もう四年も経ったのに。そして困ったことにマリアにもそれを求めようとするのである。
 ──姉様に相談できればいいのに。

 でももう自分で何とかするしかない。
 不意に王宮で渡された薬の味を思い出してマリアは顔をしかめた。
 まさかあんなところで事後の避妊薬をもらうとは思わなかった。
 あれを渡すためにルーファスが自分を王宮に連れていったのかと腑には落ちたものの、なんだか複雑な気分だ。
 誠意の現れだと思えば良いのか、それとも手切れ金みたいなものと思えばいいのか判断がつかない。
 それでも正直なところありがたかった。避妊薬は高価なのだ。そもそもが処女でないと結婚すら難しいヴェステリアでは、避妊薬の需要がほとんどないのである。何せ夫婦でないとそもそも営みをすることがないので。
 実のところルーファスがその避妊薬を手に入れるために宮廷医師を言葉巧みに言いくるめたことなど、彼女は何も知らなかった。それもマリアの名誉が傷付かないようにしてくれたことなど。

 湯浴みをしたい。なんだかべたべたする。そう思いはするものの、ドレスを脱いだら急に猛烈な眠気が襲ってきて、マリアはもう一度部屋に戻るとベッドに身を投げ出した。
 もういいや。何もかも、してしまったものは変わらない。変わらないことをこれ以上思い悩んでも仕方がない。寝てしまおう。

 まさか翌日もう一度自分が王宮に足を運ぶことになろうとは、思いもしなかったのである。
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