拾った彼女が叫ぶから
「なんでここなのよ」
「約束したからじゃないですか、これが最後なんでしょう? この場所」
「そうだけど!」
からからと笑うルーファスにマリアはまたペースを狂わせられた気がして、どっと肩が重くなった。
サロンでわけのわからない問いかけをされた後、ルーファスは笑って「上に行きましょう」と誘ったのだ。上、とはもちろん屋根の上である。
ここはマリアの屋敷のはずなのに、彼は我が物顔で先を歩き、するすると屋根上まで上がってしまった。
何となくぼうっとした頭のままマリアはしぶしぶ付いてきたわけだが。
ちゃっかり自分の隣に座っているのがまた腹立たしい。そんなマリアには頓着せず、ルーファスは抜かりなくサロンにあったひざ掛けまで持ってきていて、それを彼女の膝に掛けてくれる。
腹が立つやら、嬉しいやら。そしてこれが最後だと思うと寂しくもある。
どんな顔をしていいかわからず、胸の中がぐちゃぐちゃに散らかっていて整理もつかない。自分の気持ちで手一杯で、ナァーゴがせっかく屋敷にいたのに連れてくることも忘れていた。
いくらまだ陽の高い時間でも、もう初冬だ。ふるりと寒さに身を震わせると、ルーファスがマリアの肩を抱いた。それが思いのほか暖かくて、つんと鼻の奥が痛くなる。マリアはぎゅっと目を瞑った。
「マリアは普段、我慢しすぎです」
唐突だった。だけど柔らかな声音は決してマリアを咎めるものではない。
「我慢が身に沁みているから、言いたいことも素直に言えないんでしょう。ここなら少しは素直になるかなと思ったんですが」
「言ってるわよっ……」
「じゃあさっきのは何ですか? マリアは僕に騙されたから泣いたと言いましたけど、僕は知ってます。マリアはガードナー公に騙されたときは泣かなかった」
どきりとした。確かにあのとき、自分は最後まで泣かなかったと思う。
ルーファスがじっとこちらを見るから、葉の落ちた木々の様子も、低く遠くへ抜ける淡い水色の空も眺めることができない。
目の前から視線を逸らすことができない。
「彼と、僕との違いはなんですか」
「それは」
「彼の時は心に納めたものが、僕の時は納まらなかったからあんなに泣いたんじゃないですか?」
ルーファスの指先が、目元をなぞる。ぴくりと肩が跳ねた。
悔しいくらいに、その通りだと思った。
「ル、ルーファスだって」
負けじとばかり、見返す。こんなときでも素直になれない自分をつくづくだめだと思いながら、でも彼にはとうにバレているとも思い直す。
「いつも何を考えてるのかわからない。へらへら笑ってばかりで、わかりたいと思うのに見せてくれないじゃないの」
触れられた目元が熱くなる。きっとルーファスから見れば赤くなっているに違いなかった。そう気付くと余計に鼓動が忙しなく脈打つ。
バレてるなら追い詰めないで欲しい、と心の中でじりじりと後ずさる自分を想像する。いたたまれない。この場から逃げ出したい。ルーファスの目が退路を塞いでいるように見えて焦る。
何に対して焦るのか──心を暴かれる気がするからだ。
「僕が欲しいのは一つだけです。それから一言、かな」
彼の指先が触れるところが、熱を帯びていく。
「約束したからじゃないですか、これが最後なんでしょう? この場所」
「そうだけど!」
からからと笑うルーファスにマリアはまたペースを狂わせられた気がして、どっと肩が重くなった。
サロンでわけのわからない問いかけをされた後、ルーファスは笑って「上に行きましょう」と誘ったのだ。上、とはもちろん屋根の上である。
ここはマリアの屋敷のはずなのに、彼は我が物顔で先を歩き、するすると屋根上まで上がってしまった。
何となくぼうっとした頭のままマリアはしぶしぶ付いてきたわけだが。
ちゃっかり自分の隣に座っているのがまた腹立たしい。そんなマリアには頓着せず、ルーファスは抜かりなくサロンにあったひざ掛けまで持ってきていて、それを彼女の膝に掛けてくれる。
腹が立つやら、嬉しいやら。そしてこれが最後だと思うと寂しくもある。
どんな顔をしていいかわからず、胸の中がぐちゃぐちゃに散らかっていて整理もつかない。自分の気持ちで手一杯で、ナァーゴがせっかく屋敷にいたのに連れてくることも忘れていた。
いくらまだ陽の高い時間でも、もう初冬だ。ふるりと寒さに身を震わせると、ルーファスがマリアの肩を抱いた。それが思いのほか暖かくて、つんと鼻の奥が痛くなる。マリアはぎゅっと目を瞑った。
「マリアは普段、我慢しすぎです」
唐突だった。だけど柔らかな声音は決してマリアを咎めるものではない。
「我慢が身に沁みているから、言いたいことも素直に言えないんでしょう。ここなら少しは素直になるかなと思ったんですが」
「言ってるわよっ……」
「じゃあさっきのは何ですか? マリアは僕に騙されたから泣いたと言いましたけど、僕は知ってます。マリアはガードナー公に騙されたときは泣かなかった」
どきりとした。確かにあのとき、自分は最後まで泣かなかったと思う。
ルーファスがじっとこちらを見るから、葉の落ちた木々の様子も、低く遠くへ抜ける淡い水色の空も眺めることができない。
目の前から視線を逸らすことができない。
「彼と、僕との違いはなんですか」
「それは」
「彼の時は心に納めたものが、僕の時は納まらなかったからあんなに泣いたんじゃないですか?」
ルーファスの指先が、目元をなぞる。ぴくりと肩が跳ねた。
悔しいくらいに、その通りだと思った。
「ル、ルーファスだって」
負けじとばかり、見返す。こんなときでも素直になれない自分をつくづくだめだと思いながら、でも彼にはとうにバレているとも思い直す。
「いつも何を考えてるのかわからない。へらへら笑ってばかりで、わかりたいと思うのに見せてくれないじゃないの」
触れられた目元が熱くなる。きっとルーファスから見れば赤くなっているに違いなかった。そう気付くと余計に鼓動が忙しなく脈打つ。
バレてるなら追い詰めないで欲しい、と心の中でじりじりと後ずさる自分を想像する。いたたまれない。この場から逃げ出したい。ルーファスの目が退路を塞いでいるように見えて焦る。
何に対して焦るのか──心を暴かれる気がするからだ。
「僕が欲しいのは一つだけです。それから一言、かな」
彼の指先が触れるところが、熱を帯びていく。