拾った彼女が叫ぶから
目元から頬へ、頬から耳、首筋。骨ばった指先がするりと肌を撫でるたびに、胸がきゅっと締め付けられる。
 
「これだけ言っても、まだ何を考えているのかわからないですか? それはマリアが……わかりたくないからではないですか? 知れば、逃げられなくなるから」
「……っ」

 図星だった。思わず手を振り上げたマリアの手首は、いともあっさりと捉えられた。

「はい、僕を見て。王子じゃない僕を見たら、答えはすぐに出るでしょう?」

 憎たらしいほどに会心の笑みだ。
 だめだ、これはマリアの負けだ。ここまで追い詰められたら、マリアもさすがに認めざるを得ない。これがルーファスに仕組まれたことだと思うと悔しい。やっぱり意地が悪いし、ろくでもない男だ。わかっていてこんなことして。
 だけど、彼が王子だとか、自分が純潔を失っているだとか、平民だとか。本来ならこうして隣にいられるような立場でないことも。
 王都を離れなければならないことも、ダンスの練習に終わりがくることも、全部全部。彼女にまとわりつくいくつもの分厚い膜を、一つずつ引き剥がして取り去った後に残るのは。
 誤魔化しようもない。ただ一つ、本当の気持ち。
 
「──ねえ、覚悟はできてるの?」
「ん? 何のです、か……!?」

 受けて立とうじゃないの。
 とっておきの場所で二人きりという、甘い雰囲気になるには最高のシチュエーションで、だがマリアの内心はまるで戦いを挑む戦士そのものだ。

 身を捩り、ルーファスの肩に手を置く。ぐっと力を込め、半ば睨みつけるようにルーファスの琥珀色の目を捉えると、マリアは伸び上がって唇を彼のそこにぶつけた。勢いあまって歯がガチリと当たったけれど、そんなことはどうでもよかった。
 冬の空、屋根の上でのキスは、想像以上にひんやりする。
 寒くて、凍えそうで、だけど熱かった。
 
 面食らった様子のルーファスに、してやったりと得意になったけど、そんなのほんの一瞬だった。
 ルーファスの片手が、屋根についた方のマリアの手に重なった。ごつごつとした手に包まれて、どくんと心臓が跳ねる。

「ルーファスが、仕向けたんだからね」

 ──もう、引いてなんかやらないんだから。
 大きな音を打った鼓動にさえ毒付いて、マリアは自ら舌を差し出した。
 冷んやりとかさついた唇の表面とは裏腹に、ルーファスの口の中は燃えるようだ。
 口を大きく開き、何度も角度を変えてキスを繰り返す。
 互いの指が絡まる。ルーファスのもう一方の手が肩から下りて、ぐっとマリアの腰を引き寄せる。促されるまま更に身を乗り出し、マリアも片腕をルーファスの首に回す。するりと膝掛けが落ちた。

「嬉しいな、マリアが積極的で」

 目だけで返事して、またひたすらルーファスの唇を求める。何も考えることなどできなくて、ただ全身で彼を求めるだけ。
 それがたまらなく気持ちよくて、くらくらする。
 こんな男なのに。
 出会いからへらへらしてつかみ所がなくて。マリアが何をいっても堪えることもなくて。その度に腹立たしくなったけれど、本当は最初から……。
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